第22話 上野さんに楽しい高校生活を
昼休みの時間はもうじき終わる。
それまでは少し観察してみよう。
五限目の授業は現代社会のテスト返し。
僕の番になり、テストを取りに行くと、一番前の上野さんと目が合ってしまった。
……すごい目つきで睨まれている。
威嚇なのだろうか。
まるで私は強いぞと意思表示をさせ、自分から遠ざけようとしているみたいだ。
「編入試験満点とは聞いていたが、まさか定期テストで満点をとって来るとはな、参ったよ!」
優しそうな髭面の社会科担当の先生が言う。
その先生の言葉を聞いた上野さんは一瞬動揺し、より一層強い目で僕を睨んだ。
別に僕は何も危害を加えるつもりはないんだけどな。
「心君、あのあと何かありませんでした?」
席に座ると、雅ヶ丘さんが心配そうな目で尋ねてきた。
さきほどまで猟奇的な目で見られていたので、こんな優しい目をされると泣きそうになってしまう。
「大丈夫だよ。別に大したことはなかった」
「それならいいんですけど……何かあったら相談してくださいね? 精一杯手助けするので」
「うん。ありがとう、そうさせてもらうね」
やっぱり雅ヶ丘さんは優しいな。
でも、きっと上野さんもあんな風にしてるけど本当は……。
中学生時代、彼女を虐めた人たちに若干怒りを覚えた。
今日はテスト後ということもあり、五時間授業で終わり。
いつもより早く終わった生徒たちは友達と出かけたり、部活動に励む者たちと様々。
ちなみに僕は社会の先生に、社会科研究室の掃除を頼まれたのでそちらを手伝っていた。
本当は上野さんと話したかったけど明日でいいか。
研究室の掃除を終え、すっかり遅くなってしまった。
下校時刻はいつもより早い三時だったのに、掃除で六時にもなってしまった。
まあ、先生が誰にも手伝ってもらえていなく困っていたので、自ら掃除を手伝ってもいいと立候補したのがいけないのだが。
完全に夕日が見える時間帯に差し掛かっていた。
学校の雰囲気は窓から差し込む夕日に照らされて少し神秘的に見えた。
流石に誰もいないだろうな。
そう思い教室へ向かうと、誰かがいることに気付いた。
一番前の席に誰か座っている。
あの後ろ姿は間違いない、上野さんだ。
でもいつもと雰囲気が違う。
教室のドアには窓が付いており、中を確認できるのでこっそりとそこから上野さんの様子を窺う。
「……ぐすっ……っく」
嗚咽を漏らしているのか、彼女から聞こえるか細い声が耳に届いた。
一体何があったのだろう。
興味本位で机を覗くと、数学のテストが机に置かれていた。
片手に赤ペンを持ち、必死に問題を解いている感じ。
それにしても九八点か……十分すごいと思う。
「先生まで……あの人だけだったのに……もう何もわか……い」
先生まで?
そう言えば昼休憩の時、先生にテストの問題を聞いていったっけ。
おそらく東澤先生から僕に聞くように言われたのだろう。
事実、僕が彼女に教えると宣言したわけだし。
だけど上野さんはそれを裏切られてと勘違いしているみたい。
だから自力で問題を解こうとしているのか……。
って今は六時だよね? もう二時間以上その問題を解いていたのか。
僕がもっと早く掃除を終わらせれば上野さんはここまで悩まなくて済んだかもしれないのに。
ガラガラッ
教室の引き戸式のドアを開く。
「――ひいっ! ……なんで」
昼間はあんなに睨んでいたのに二人きりになるとここまで臆病になるなんて。
無駄なことはかえって逆効果だ。
まず僕は彼女の敵じゃないことを想像しなければ。
上野さんの隣の席の椅子を借り、彼女の机に近づく。
「ペン、貸して?」
「……ご、ごめんなさい」
「大丈夫だから貸して?」
「……は、はい」
彼女は筆箱からシャープペンシル出して、恐る恐る差し出してきた。
ペンを借りて一回プッシュをし、芯を少し出す。
カチャっという音を聞くと彼女は両手で頭部をガードした。
いや、別に出した芯で刺すわけじゃないんだけど……。
「ふふっ」
そんな彼女の様子を見て、僕は少し苦笑した。
そのまま上野さんの返事も聞かずに問題を解説した。
「いい? ここは資料1の不等式を――」
すると彼女はキョトンとした目で、僕とテストを行ったり来たりさせていた。
しばらくして問題の解説を終えると。
「わかった?」
「……ご、ごめんなさい。よ、よく聞いて――」
「そっか。じゃあ上野さんが分かるまで何度でも教えてあげるからわからないところは聞いてね。じゃあこの不等式を――」
初めはとても警戒されていたが、何回も何回も一つの問題の解説をしていると、上野さんも真剣な目で問題を見るようになった。
もう五回は解説しただろうか。
そして六回目の解説が終わると。
「……そ、そう言うことなんだ」
「わかった?」
「は、はい」
……まだ怖がられてるな。
「あのね上野さん。東澤先生は上野さんを裏切ったわけじゃないんだよ?」
「……な、なんでそのことを」
「僕が自分から上野さんにこの問題を教えたいって先生に言ったんだ」
「なぜそんなことを」
「昔のこと、聞いたよ」
「え……」
「大変だったよね。でももう忘れてもいいんじゃないかな、今は高校生なんだから」
「でも周りの人なんて――」
「酷い人ばっかり?」
……この問いに彼女は首を縦に振った。
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