第21話 気難しい上野さん

 テスト返しの事で職員室に呼ばれた。

 と思ったら、案外その事ではなく。


「正直、雅ヶ丘みやびがおかが平均点以上を叩き出すとは思っていなかった。心が勉強を教えたのか?」


「はい。そうですが、あの点数を取れたのは彼女の頑張った成果ですよ」


「……なるほどな。雅ヶ丘は今回のテストはどうだった? 現代社会以外は帰ってきたんだろ?」


「はい。ですが、数学以外は平均点以下でした」


「でも赤点は免れたと?」


「はい」


「あの合計三十点の雅ヶ丘を一カ月足らずであそこまで成長させるとは……心の教え方は分かりやすかったか?」


「それはもう素晴らしかったです。同級生とは思えないくらいでした」


「そうか……それじゃあ教師の顔丸つぶれだな」


 呆れたように頭を掻きながら僕を見てくる。


 その時だった。


 コンッ コンッ


 職員室のドアがノックされ、一人の女子生徒が入ってきた。


 確かあの子は……上野さんだったか。


 上野真矢かみのまや。同じクラスだけど話したことが無い。


 いつも無口で、雅ヶ丘さんと似ているところがある。

 でも決定的に違うのは、上野さんはとても勉強ができる。

 聞いた話によると全国模試で十位以内に入るとか。


 でも顔つきがすごく強気で、周りの底辺共となんかつるんでいられるか! 的な感じがする。

 いや、今のは僕の勝手な第一印象なだけで、本当はよく分からないけど。


「先生、数学のテストの事でちょっと聞きたいんですけど……お話し中でしたか?」


「ああ、ちょっとこいつらに聞きたいことがあったんでな」


「そうでしたか……」


 そう言って僕を見る。

 すると上野さんはキィっと僕を睨んだ。


 ひぃっ! 怖すぎでしょ。僕が一体何をしたんだ……。


「というか数学のテストの事なら心に聞いたらどうだ? 満点に教えてもらえば大丈夫――」


「いいえ、結構です!」


「……そ、そうか」


「失礼します!」


 勢いよく職員室の扉を閉め、出て行ってしまった。


 流石に僕もわかる。僕、上野さんにとんでもなく嫌われている。


「心君、上野さんに何かしたのですか?」


「いいや、一度も話したこともなければ関わったこともないよ」


「それであの態度ですか……それは少し気に入りませんね」


「ちょっと雅ヶ丘さん⁉ その顔怖いから!」


 ……それにしても本当にあそこまで嫌われる心当たりはないんだよな。


「心、あまり深く考えるな。あの子は気難しい子なんだ。おそらく雅ヶ丘より面倒くさいぞ?」


「先生、私より面倒くさいとはどういうことですか?」


「別にー、そのまんまだぞ」


「……つ、つまりあれが極々普通ってことですか?」


「それは違うさ。流石にあの子も目が合う奴ら全員にあんな好戦的な目つきはしない。まあ正直に言うと、お前は上野に嫌われている。……というか敵視されているな」


「……敵視?」


「ああ。すまないが雅ヶ丘。お前はもう帰っていいぞ」


「ええ……私も聞きたいです」


「すまないな。これは私と心だけの話だ」


 先生はそう言うと僕の肩を組んで来た。 


「……むー、まあわかりました。心君、あとで連絡しますから」

「う、うん」


 そのまま頬をムスっと膨らませた雅ヶ丘さんは、職員室から出ていった。


 東澤先生は本当に横暴だなー。

 もしこの先生が美人教師じゃなくて男性の熱血教師だったらもっと僕たちの扱い酷かったんじゃないのか?


「それにしても先生、なんで僕が上野さんに敵視されているんでしょうか?」


「知っていると思うがあの子は言わば才女だ。全国模試上位十位に入るってことがどれだけすごいかわかるよな?」


「はい。それは分かります」


「じゃあはっきり言おう。お前は無意識に上野を傷つけているんだ」


「……は?」


 先生に面と向か会って『は?』は失礼だろうと思ったが、それしか言葉が出なかった。

 僕が人を傷つけている?


「今回のテスト、数学はもちろん、全教科かなりハイレベルな問題を数問出題させてもらった。しかしお前は現段階何点だ?」


「……よ、四百点です」


「言っておくが上野の点数は現段階で三百九十点だ。これが何を意味するか分かるな?」


「……はい」


「だが落ち込まないでくれ。自分より頭がいい奴が現れた。それだけで相手を嫌うのはただの妬みだ。だが上野は違う。聞いた話によると、あいつは中学生時代にものすごいいじめを受けている」


 先生の表情は普段のおちゃらけた雰囲気ではなく、とても真剣だった。


「上野の容姿はどう思う?」


「それは……かなり美人だと思います。不愛想なのが勿体ないくらい」


「だろ? だからあの顔に惚れた奴がいたんだよ。それもかなり女子から人気があった男子のな」


 先生はそのまま話を続けた。

 つまり上野さんは女子から人気のある男子生徒に告白されたが、それを拒否。すると後日から男女共々からいじめを受けるようになった。


 そんなクラスメイトを唯一見下すことができるのが『勉学』だった。

 もとからかなり上位の成績だった彼女は、そこからさらなる努力を積み重ね、全国トップクラスの頭脳になったらしい。


「可哀想な話だろ? だが心がこの学校に来てからあの子は二番目になった。上野は気の強そうな子だが、過去のトラウマもあって怖いんだよ、心のことが」


 なるほど。それはわかる。

 勉学が彼女の最大の武器であり、それ以外の武器は何もない。

 つまり中学生時代から一意専心を貫いてきたことになる。


 勉学なら負けない。勉学でなら誰からも馬鹿にされない。そう思っていたのに、僕が現れた。


 もし僕が彼女を見下す物なら、上野さんはきっとこの学校から消え去るだろう。

 下手すればそのまま学校も中退。もう二度と社会に復帰することもなくなるかもしれない。


「僕が彼女を馬鹿にするわけないでしょう。先生、上野さんの質問は僕が答えていいですか?」


「……殴られるかもしれないぞ?」


「殴られてでもです!」


「そうか……お前があの雅ヶ丘を落とせた理由が分かった気がしたよ」


 何かぶつぶつ言っているがよく聞き取れなかった。


「じゃあ頼んだぞ?」

「はい。任せてください!」


 今回は正直、雅ヶ丘さんの時より何倍も大変かもしれない。

 だけど僕は自分にできることがあるなら、それをやると決めた。


 余計なお世話だと思われるかもしれないが、上野さんが安心して高校生活を送れるためにも、少しは手助けをしようと思った。

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