第16話 テスト勉強

 昨晩、雅ヶ丘さんからメールが届いた。


 その内容は、明日の朝学校に早く来てほしいというものだった。

 どうやら朝早くから勉強を見てもらいたいらしい。


 だから僕は朝早く起きて、楓の朝食を作り、いつもより三十分くらい早く家を出た。

 勉強熱心なことは知っていたが、こんな早朝から勉強とは、受験生の妹より頑張っているな。


 そんなやる気があるなら僕もそれに応えないと。


 走って学校へ向かった。

 幸いなことに今は夏場なので、朝でも寒いということはなく、軽い足取りで学校に向かうことが出来た。


 ガラガラガラッ


 教室のドアを開けると、すでにメガネを着けた彼女が教科書を開きながら問題を解いていた。


「おはよう雅ヶ丘さん。ごめん遅くなって」


「全然遅くないですよ。それに朝早くからありがとう」


「礼には及ばないよ。それより雅ヶ丘さんってメガネするんだね」


「うん。あまり似合わないから普段はコンタクトだけど」


「そうかな? すごい似合ってると思うけど」


「……そ、そう? ありがとう」


 やっぱり彼女の耳はよく赤くなる。

 一体どういう原理何だろう。

 不思議に思いながら机の横に鞄をかけ、机に座った。


「早速で悪いんだけど、ここを教えてもらえないかしら」


「うん。えーっと……ここは三角形の面積を――」

「――なるほど。じゃあここが……」


 僕は彼女がわからないところを時間の許す限り全て教えた。

 今更聞けないような初歩的な箇所もいくつか聞かれたが、僕は馬鹿にしたりせず、全てわかるように教えた。


 朝のHRまでまだ一時間以上ある。

 これならかなり勉強も捗るだろう。


 早朝を提案された時は、寝起きで大丈夫かと思ったが、案外それに関しては心配いらなそう。


 永遠に続くかのような二人きりの教室。

 昨日見た教室の景色とはまるで別物だ。


「ねえ北川君。私の話聞いてる?」


「……ん? ああ、ごめん聞いてるよ。そこは――」


 勉強はやるのも楽しいけど、教えるのも楽しいものなんだな。


 自分の知識を共有して、その人が成長する。

 僕からすればこんな素晴らしいことはない。

 だから僕は勉強を教えるのを苦だとは思わない。


「雅ヶ丘さん、大体そこの単元は覚えてきたんじゃない?」


「ええ、北川君のおかげで多少は……」


「多少か……。じゃあ、テストしてみよう」


「わかりました、どうぞ」


「じゃあ第一問――」


 僕は十問の問題を出した。

 まだ初日なので三問正解できればいいと思っていたが、なんと彼女はこの単元のテストで六問正解を叩き出した。予想の二倍正解している。


「……すごいな。ちょっと勉強を教えただけでできちゃうなんて。本当は勉強できるんじゃない?」


「いえ、やっぱり北川君の教え方が上手なんですよ」


「あのー、雅ヶ丘さん? そう言ってもらえるのは嬉しいけど……なんで頭を突き出してるの?」


「妹にはなでなでしてるんですよね?」


「まあ、偶(たま)にしてるけど」


「じゃあ、私にもお願いします。私も頑張ったので」


「……い、いいの?」

「はい。お願いします」


 彼女ってこんな甘える性格だったっけ?


 まあ確かに急に腕を組んだりしてくることもあったが……。


 でも彼女も頑張ったんだ。それくらいはお安い御用だ。


 妹を撫でる時のように、優しく頭を撫でた。


 ……なんかすごく嬉しそうな顔している。

 頭を撫でられるってそんないい物なのか?


「はいおしまい。続きするよ」


「えー、もう終わりですか?」


「終わりです。さあ、次のところ行くよ」


「……わかりました」


 それからは真面目に一時間、みっちり勉強を教えた。


 やはりその時間帯になると、ぞろぞろと生徒が登校してくる。  


 相変わらず男子は僕に冷たい。

 男子って露骨に僕のこと嫌いな反応するよね。唯一味方なのは真(まこと)だけだ。


「よ、おはよう心!」

「おはよう、真」

「朝から二人で試験勉強ですか……お熱いことで」


「からかうのはよしてくれ、こっちは真面目に勉強をしてるんだから」


「ごめんごめん、じゃあ頑張れよー」


「うん、じゃあね」


 まったく真は。からかうのもほどほどにして欲しい。


 そんな日々が、毎日続いた。

 朝早く来て雅ヶ丘さんと二人で勉強、授業中もわからないところは隅々まで教え昼食の間も勉強。 

 放課後ももちろん完全下校時刻までお勉強。


 だからこの一週間は、帰る時間が七時とかになる。


 夜も、わからないところはメッセージアプリで教えている。


 そう勉強漬けの一週間の成果か、かなり点数は伸びてきている。


 残りは一週間。 

 明日は日曜日。日曜日は雅ヶ丘さんが僕の家に来て勉強を教える約束をしている。


 本当は喫茶店の予定だったが、クラスの女子が喫茶店に行く話をしていて、急遽家になりました。


 別に他の店でもよかったんだけど、なぜか僕の家でいいって言われた。

 何かと気を使ってくれたのかな。


 しかし、その日の前夜。


「なあ楓。明日兄さんの友達が来るから静かにしていてくれないか?」


「もうそんな仲になったの? 相手はどんな人? 兄さんよりはイケメンじゃないのは分かってるから、どの程度?」


「なんだその変な質問は。大体兄さんはそこまでイケメンでもないし、明日来る友達は女子だよ」


「ガーンッ!」

 その露骨な気落ちの態度、本当にあの人と酷似している。


「兄さんに女……? ねえ、兄さん」


「はい?」


「その女、やめた方がいいよ?」


「何が⁉」


 ちょっと楓の頭の中で何が起きているのか全然わからないのだが。


「それって友達なの? 彼女じゃなくて?」


「友達だよ。ただ勉強を教えるだけ」


「その人って可愛い?」


「ああ。とんでもなく美人だ」


「――じゃあダメェェェ!」


「大丈夫だって、本当に勉強を教えるだけだから! だから暴れるなぁ!」


 楓はモンスターのように暴れ出し、ソファーのクッションを投げつけてきた。

 久しぶりにモンスターの対処をした気分だ。


 それにしてもなんでそこまで頑なに拒否するんだ。


「ほ、本当に勉強を教えるだけ……? グスッ」


「……だ、だからそうだって」


 今日の、というか最近の楓はどこかおかしい。

 確か雅ヶ丘さんと夜まで勉強するようになってからだ。


 ……それよりなんで涙目になっているんだ?


 あれから何とか説得して、一応妹の許可は下りたが、なぜかまだ楓は未だに不服そうにしていた。

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