第10話 私の恥ずかしい○○○を見せます!


 ピッ ピッ


 隣からスマートフォンのタップ音がリズミカルに聞こえてくる。

 手つきからしてかなり慣れているようだ。


「雅ヶ丘さんってスマートフォンとかよく使うの?」


「まあね。よく勉強のアプリで入力するのよ」


「ほ、本当に勉強熱心なんだね」


 そこまで頑張っているのになぜ学年最下位なのかよく分からない。

 これはもう一種の才能なんじゃないかと思えてくる。


「はい、登録完了しましたよ」


「ありがとう。僕機械音痴で本当に困っていたんだ」


「でしたら他にも教えてあげましょうか?」


「本当? じゃあこのアプリは何?」


 音符が書かれたアイコンを指さす。


「これはミュージックアプリですよ、好きな音楽を流すことができるんです」


「へー、これ音楽聞けるんだ。てっきり音楽の教材かと……」


「ふふっ、機械音痴というか脳が勉強になっていますね」


「は、ははは……」


 雅ヶ丘さんだけには言われたくない。


「ちなみに雅ヶ丘さんは中間テストは何点だったの?」

「……あ、そのー」


 どんどん顔が赤くなっていく。

 そんなに言うのが恥ずかしいのか。


「い、言います。でもまだ心の準備が」


「そんなに言いたくないならいいよ⁉」


「い、いえ。北川君にはこれからお世話になりますし、見せます。私の恥ずかしい物を見せます!」


「やめて! その言い方は勘違いされるから!」


 現にクラス中の注目の的だ。

 まあ、クラスのアイドルが赤面してそんな台詞を言えば注目されるに決まっている。


 彼女はスマホを取り出し、素早く何かをタップし、スマホを閉じた。


 ブ~ ブ~


 ピケットに閉まっていた自分のスマートフォンが震えた。


 取り出してみると、『五件の写真が送信されました』と画面に表示されている。


 それは雅ヶ丘さんからだった。


 もしかしてと思い、写真を開いてみると、やはり予想通り。


 前回の五教科のテストの写真だった。


 数学5点、国語2点、化学9点、現代社会6点、英語8点


 合計30点……。500点満点中30点。


 流石にここまで酷いと思っていなかったので、唖然としてしまった。


 彼女は涙目でビクビクと震えている。


 よほど見せたくなかったんだな。

 学年最下位の名は伊達じゃないってことか。


 でも誤魔化さず、正直に教えてくれる辺り真面目な人なんだと思ってしまう。


「あ、あのね雅ヶ丘さん。一つ聞いていい?」


「怒りますか?」


「怒らないよ。一つ気になったことがあって……」


「いいですよ……?」


 そんなに怖がらなくてもいいのに。


 先ほどまで恐怖の対象としか思ってなかった彼女が、今は小動物のように可愛く思えてしまった。


「雅ヶ丘さんはどうしてこの高校に入ることができたの?」


「ガーンッ――!」


 露骨にショックを受けた表情をして机に突っ伏してしまった。

 明らかに気落ちした様子だ。


「え、ちょっと雅ヶ丘さん?」


「そうですよ。私は馬鹿ですよ。たまたま予想していた問題がほぼ同じ状態で出され、運よく合格していた運だけの強い女ですよ」


 あれ……こんな性格だったけ?

 僕何か言っちゃいけない事言ったかな。


「あ、あのね雅ヶ丘さん。勉強はやればやっただけできるようになるんだよ」


「それは母にも言われました。それで進学塾に行ったら普通のコースでも付いていけなくて……グスッ」


 現世でもこんな苦労している人いるんだ。


 まあ努力しても結果が実らないことなんて嫌なほど経験してきた僕は痛いほどわかる。

 結果が出ないのにも関わらず、その努力を続けることの過酷さを。


「大丈夫、次のテストで中堅くらいには行けるよう僕も教えるから」


「北川君は毎日自主勉強をしているのですか?」


「毎日はしてないかな。最近は忙しくて全く」

「なのに編入試験満点ですか……そうですかそうですか」


 なんかその言い方に嫌味を感じるのだけれど……。


「で、でも少し前は一日何時間と猛烈に勉強していたよ? 今はしてないだけで――」


「本当ですか?」


「うん。それに授業中は僕が隣にいるからわからないところは遠慮なく聞いてよ。周りの人には聞けないんでしょ?」


「……あなたは神ですか?」



 何急に。しかも真面目な顔で聞いてくるのだから余計動揺してしまった。


「僕は雅ヶ丘さんと同じ人間だよ。だから大丈夫」


 まさか勉強のことになると彼女がここまで弱くなるなんて。

 よほど勉強に対して複雑な感情を持っているみたい。


 なんかこう見ると若干怠け者な妹と似ている感じがした。


 だから無意識に頭を撫でてしまったのだ。


「……あの。き、北川君?」


「なんだい楓……――じゃない! ご、ごめん! 雅ヶ丘さん!」


「……び、びっくりした」


「本当にごめん!」


「だ、大丈夫ですよ……ちょっと嬉しかったですし」


 最後の方はなんて言ったのか聞き取れなかったけど、許してもらえてよかった。


 家族でもない男に頭を撫でられるなんて嫌に決まってる。


 僕はなんてことをしてしまったんだ……。


 ちなみにこの光景はクラス中に見られており、男子からはなぜか睨まれるようになりました。


 ……まあ、今回は僕が悪いんだけれども。

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