第9話 メアドこうか

 それは帰りの支度を済ませ、学校から下校しようとしていた時の事。


「北川君、ちょっといいかしら?」


「……な、何かな。雅ヶ丘さん」


「いいから来て」


 雅ヶ丘さんに呼び止められ、終いには。


「明日の放課後、少し買い物に付き合ってくれないかしら」


「で、でも……」


「六時間目、私は悲しかったわ。いくら金剛君にあんなこと言われたからって無視するなんて……」


 肩がギクリと弾む。

 確かに僕は雅ヶ丘さんを無視した。


 金剛君が雅ヶ丘さんに好意を持っていることを知ったので、あまり関わらないようにしていたのだ。


 だがその金剛君を昨日、柔道の時間にカッとなって投げ飛ばしてしまった。


 クラス中にその光景を見られた金剛君は、あれから何もしてこなくなった。

 まあ、柔道の時間が六限目だったのでそこまで時間は経っていないが。


「わかったよ。明日買い物に付き合うよ」


「本当に⁉ じゃあ明日はとことん付き合ってもらうわよ」


「……は、はい」


 これが昨日の放課後の出来事。


 そして今日が約束の日。


「ふふっ、今日の放課後は楽しみですね?」

「……う、うん」


 どうして僕なんだ。


 雅ヶ丘さんは男女問わず人気があるから他の人を誘えばいいのに……。

 どうせ荷物持ちとかさせる気だろうな……。


 でもそう言えば雅ヶ丘さんってそこまで他の人と話す感じがしない。


 いや、昨日は東雲さんとか金剛君とかと話していたけど決してこんな柔らかい表情はしていなかった。


 もしかしたら雅ヶ丘さんって友達いないんじゃ――。


「よ、おはよう心」


 思考を遮って、僕の前の席の人に椅子を借りたまことはくるりと椅子を後ろに向け、対面式に座ってきた。


「おはよう真」


 なんでだろう。今はものすごく彼が

救世主に見える。


 なぜなら真横に座る雅ヶ丘さんが鋭い眼光で他の女子たちを睨んでいるからだ。


 間接視野でそれを捉えた僕は、その場から動けなくなってしまっていたのだ。


 だって少しでも動けば彼女の目に留まってしまうから。


 そんな状況下で、昨日初めて友達になった臼田真うすだまことが話しかけてくれた。


 だが当然、雅ヶ丘さんの視線はギロリと真に向く。


 ごめん、真。しばらく睨まれていてくれ。


「そう言えば心って彼女とか出来たことあるの?」


「な、ないけど……」


「本当かい? 心ってすごく女性を引

き付けるオーラ出てるのに不思議だなぁ」


 何その女性を引き付けるオーラって。

 オーラどころか前世では魔力も全然有していなかったのに。


「僕ごときが女性を引き付けられるわけないだろう、おこがましい」


「心は本当に謙虚だね。昨日会ったばかりの男が言うのもなんだけど、もう少し自分に自信を持った方がいいよ」


「そ、そうかな……」


「ああ、そうだよ――」


 ちょうど二人の会話が弾んできたところで。


「おーい真、ちょっといいか?」


「ん? ああ! 悪い心。俺は行くよ」


「あ、うん。またね」


 やっぱり真は人気あるんだな。

 昨日もかなりの男子や女子に囲まれていたし。


「ねえ北川君……?」

「は、はい!」


 そうだ、隣には雅ヶ丘さんがいたのだ。


 誰とも話さずオブジェクトのように

固まっていたので、すっかり忘れてしまっていた。


「本当に彼女出来たことないの?」


「うん。あまり女性と触れ合う時間もなかったし」


「そう? ならいいけど……よかった」


「ん? 今なんか言った?」


「別に何も。それより今日の一限目は社会でグループワークですよ?」


「ああ、昨日そんなこと言ってたね」


 いつの間にか彼女に敬語を使うことなく、仲のいい友達という感じに話せ

ていた。


 しかし、雅ヶ丘さんは普段から敬語を使っているらしく、仲のいい友達にも敬語を使うらしい。

 見た感じどこかのお嬢様っぽいし、何者なんだろう。


 少し彼女に興味を持った。 


 現代人でこんな子他に見たことないし、とんでもなく美人。

 だけど勉強は出来ず、成績は芳しくない。


 ある意味とても個性が強い人だ。


「あのさ雅ヶ丘さん。昨日勉強を教えるって言ったよね?」


「ええ。よろしくお願いします」


「それじゃあ今度の日曜日とかどうかな? どこかの喫茶店で」


 本当は家の方が落ち着くし、いいんだろうけど流石に女子を家に誘う勇気はない。

 気持ち悪がられるだけだと思うし。


「じゃあ日曜日のことも決めないとですね」


「……ん? それってどういう――」


 彼女は鞄からスマートフォンを取り出した。


「メールアドレスを教えて下さい」


 ああ、なるほど。メッセージアプリか。


 正直言うと僕、機械苦手なんだよな。


 だって前世ではこんな便利な道具無かったし。


 一応スマートフォンなら母に買い与えてもらったので、所持はしている。


「あの……僕、使い方がよく分からな

いんだけど」


「ふふっ、完璧そうに見える北川君でも機械は苦手なようですね」


「別に完璧ってわけじゃないけど、機械は苦手かな」


「じゃあちょっと貸してもらえるかしら」


「うん。ありがとう」


 僕は初めて家族以外の人とメールアドレスを交換することに成功した。


 やっぱり高校生活を楽しむにはメールアドレスの交換――通称、メアド交換からでしょ!


 心の中で一人舞い上がっていた。

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