第7話 怠惰な妹と肉じゃが
「ただいまーっ!」
モダンチックなドアを開けて、言う。
「お、お兄ちゃん、おかえり!」
「ただいま楓。そう言えばお昼ごはんちゃんと食べた?」
「うん。あ、お兄ちゃんお弁当忘れて行ったでしょ?」
「そうだけど……」
「私帰ってきてからお腹空いたから食べちゃったよ?」
「そ、それならいいんだ」
お昼ごはんの話はやめてくれ……。
雅ヶ丘さんの笑みが脳裏をよぎる。
柔道での一件が終わると、金剛君は僕に何もしてこなかった。
しかし授業が終わり、制服に着替えて帰ろうとしたとき、雅ヶ丘さんに止められてしまった。
どうして無視するのと、問い詰められたのだ。
初日なのに波乱万丈すぎる。
これからほぼ毎日こんな生活を送るのか……。
急激に胃が痛くなってきた。
「それに比べ楓は気楽でいいな」
「何よそれ、わたしだってちゃんと学校帰りなんだから」
棒のアイスを咥えながら、片手にポテチ。
もう片方の手に漫画。
これを気楽と言わずになんと言うのだ。
「兄ちゃんが晩ご飯作るから、あんまり食べ過ぎるなよ」
「はーい」
適当な返事をしてリビングに入っていった。
本当に聞いているのか?
そう思いながらも、僕は僕で階段を上がり、自分の部屋に入った。
ネクタイを取ってワイシャツを脱ぐ。
ロッカーからハンガーを取り出して制服をかけ終わると、部屋着に着替えてリビングに向かった。
手を洗い、そのままキッチンで料理をする。
「お兄ちゃん、今日の晩ご飯は何?」
「今日は何にしようかな……考えてなかった」
冷蔵庫を開けて材料を確認してみるが、家の母親はどれだけ用意周到なんだ……。
食材がぎっしり詰まっていた。
これ、全部食べ切れるかな。
冷蔵庫の中を見渡すとある材料が目に入った。
ジャガイモに人参、そしてひき肉。
「今夜は肉じゃがにしよう」
「お兄ちゃん肉じゃが作れるの?」
「多分。作ったことないけど」
「それ心配なんだけど!」
「大丈夫、大丈夫。最近は料理上手になってきただろ?」
「まあ、確かに最近の料理は美味しくなってきてるけど……初めてお兄ちゃんの料理食べた時私たちお腹壊したんだからね」
「ごめんよ。もうそんな事無いようにするから」
そう言うと楓はソファーに戻ってポテチを咀嚼し始めた。
まったく……。あれでも頭はいいらしいからすごいな。
さてと、僕は肉じゃがを作らないと。
キッチンに備え付けてあるタブレットのクッキングアプリで肉じゃがを検索し、手順通りに作っていく。
それから約小一時間後。
少し時間はかかってしまったが、ようやく完成した。
試しにジャガイモを食べてみる。
おお……ちゃんと味がしみ込んでいる。
俺も料理が上手になったなあ……。
口元を緩ませ、達成感に浸っていると……。
「……お、お兄ちゃん? 大丈夫?」
漫画から目を離し、お兄ちゃんをすごい目で見ている。
「どうしたの? 大丈夫?」
「な、何でもないよ! ただ想像以上に美味くできたから」
「ホント⁉ あのお兄ちゃんが?」
ソファーから飛び起きて、ぴょこぴょことこちらに来る。
僕の持っていた箸を奪って肉じゃがを頬張る。
その瞬間、昼間の雅ヶ丘さんとの出来事を思い出してしまった。
「んー! 美味しい。美味しいよおにいちゃん!」
「……そ、そうか。料理を運ぶからテーブルで待っててくれ」
「どうして顔赤くしてるの?」
「いや別に。ちょっと火に当てられてたから暑いんだ」
「そう? ならいいけど」
楓は肉じゃがの味に満足したのか、笑顔でテーブルに着いた。
天真爛漫で怠け者な妹がいると何かと疲れる。
まあ、しっかり者すぎる妹はそれはそれで兄としての立場が危ういから嫌だけど。
お皿に肉じゃがを盛りつけ、サラダに白米なども並べて、北川家兄妹二人きりの晩ご飯が始まった。
楓はテレビを見ながら楽しそうに肉じゃがを食べている。
母さんがいるといつもテレビを見ながら食べていて怒られるが、今日はいないので楓は悠々と見ている。
まあ、今日くらいは大目に見よう。
楓も学校で疲れているだろうし。
「そう言えば楓って今中学三年生なんだろ?」
「そうだよ、あともう少しで高校生だよ!」
「それは凄いな。高校はどこにするんだ?」
「お兄ちゃんと同じ高校にしようか迷ってる」
「橋高か……確かあそこって偏差値65くらいあるぞ?」
「余裕、余裕」
「そうか? ならいいけど困ったらお兄ちゃんに聞きなよ?」
「大丈夫だって、心配ご無用!」
本当に大丈夫かな……?
まあ、まだ少し先のことだしいいか。
いや、違うだろ。
今は妹の心配をしている場合じゃない。
自分の小皿に盛りつけた熱々の肉じゃがを食べながら、自分のことを心配した。
なぜかその時食べた肉じゃがだけ、喉の通りが悪かった。
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