第5話 クラスのアイドル

 天国と地獄が入り乱れたお昼の時間も、もうすぐ終わる。


 お弁当を食べ終わったのに、未だにたくさんの男子に睨まれている。


「雅ヶ丘さん。お弁当、すごく美味しかった。ありがとう」


 どれだけあの空間が辛かったとはいえ、彼女のお弁当の大半を僕が頂いてしまったんだ、しっかりと礼は言うべきだ。


「北川君、食べ終わったらありがとうじゃないでしょう」


「そうだったね。ごちそうさまでした」

「ふふっ。お粗末様でした」


 何が面白くて笑ったのか知らないが、笑顔の雅ヶ丘さんの顔は前世でも見たことが無いくらい輝いていた。


「私は次の授業の準備をしてきます」

「は、はい」


 廊下にいる男子の軍勢に狼狽えることなく進んで行った。


 廊下に彼女が出ると、男子はみんな彼女を見た。


 なんだ、僕じゃなくて雅ヶ丘さんを見ていたのか。


 先程と目つきが全然違うけど。


「心、君は何者なんだい?」


 突然後ろから肩を組まれ、喋りかけてきた。


「なんだ、まこと君か」

「君はいらない、呼び捨てでいいよ」


「じゃあ真」

「うん。それで、僕の質問に答えてくれないかな?」


「一体何者かってこと?」

「そう」


 そんなこと言われても……。

 僕はただ異世界からきた人間ということ以外、他の人と比べて何もない。


「あの雅ヶ丘さんと一緒に昼食なんて誰もしたことないんだぞ!」

「知らないよ!」


 できれば耳元で叫ぶのはやめてほしい。


「初日でクラスのアイドルを口説くなんて」


「口説いてなんかないよ。それに何そのクラスのアイドルって」


「そうか、お前は知らなくて当然だな」


 誇らし気に説明しようとしているが、あまり興味ない。


 だけどあまりにも彼が話したそうだったから大人しく聞くことにした。


「このクラスには二人、いや三人の美人女子がいるんだよ。その一人が雅ヶ丘。あの清楚な感じと凛とした立ち振る舞い、男子の理想を具現化したような存在だろ……?」


「……う、うん。そうだね」


 なるほど。だけどこれでなんで男子たちが僕を睨んでいたのか分かった。


 僕が雅ヶ丘さんを奪ったと思われているんだ。


 正確には犬として扱われているのだということを男子は知らない。


 こんな平凡以下の僕があんな素敵な女性を落とせるわけがないよ。


「北川君。次は英語の授業ですよ。辞書はお持ちで?」


 噂をすれば影が差すとはまさにこの事。

 廊下から戻ってきた彼女に話しかけられた。 


 今の話、聞かれてないよね?


「辞書は持ってないから、先生に借りるよ」


「そんなことしなくていいです。私が隣で見せてあげるから」


「ありがとう。助かるよ」


「琴葉、俺がこいつに辞書貸してやるからいいって」


 次は前から聞こえてきた。


 角刈り頭のちょっと厳つい男子。

 それにしても、もう半日経つのに雅ヶ丘さんが男子と話すの初めて見た気がする。


 でも男子から貸してもらえるならそっちの方が……。


「丁重にお断りさせていただきます。私は北川君と隣の席なので、不便なんて思いません」


「そんなにこの編入生が気に入ったのか? 普段は男子なんてゴミのような目で見てたくせによぉ」


「あなたには関係ないでしょう? 早く席に戻って」


 何やらマズイ状況になってきた。

 すぐ隣にいる真に尋ねる。


「あいつは金剛悟(こんごうさとる)。入学当時から雅ヶ丘を狙ってるらしい」


「へえ……それは一途で素晴らしい人だね」


「それマジで言ってる? あいつは雅ヶ丘に近づいた奴に容赦ないんだよ。脳みそが餓鬼なのか意中の相手に暴言を言って照れ隠しでもしてるみたいだし」


 女子も大概だけど男子も怖い。

 現時点で信用できるのは真しかいないのだが。


「ねえ、金剛君が言ってることは本当なの?」


「男子をゴミとして見てるってことか? それは本当だよ」


「雅ヶ丘さんってそんなに怖いの?」


「怖いというか男子に興味がないんじゃないかな? この学年の半分は雅ヶ丘に告白して全員振られてるからな……」


「それって真も?」

「当たり前だろ」


 親指を立てて自慢げに言ってるが、それは誇れることなのか……?


 一触即発の雰囲気の中、予鈴が鳴ってその場は納まった。


「大丈夫だった? 雅ヶ丘さん」

「心配いらない。今回もわからないところ教えてね?」


「もちろんいいよ」


 ごめんなさい金剛君。僕は雅ヶ丘さんに勉強を教えるって約束をしてしまった。


 それ以外は関わらないようにするから今みたいなことは絶対にやめてくれ。


 誰にも聞こえるはずのない心の中でそう呟いた。

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