第4話 間接キス

 僕は生まれてこの方、高校生活という物を経験したことが無い。


 故に僕は今、生まれて初めての窮地に立たされていた。


 その理由は――

 お弁当を忘れてしまった。


 お母さんが作ってくれると言ってくれたのに、忘れてしまった。


 どうしよう。

 朝ごはんもかえでのせいでゆっくり食べていられなかったので、余計にお腹が空く。


 楓はちゃんとお昼ごはん持っていったのかな……。

 自分の事より妹のことを心配してしまう。


 僕もだけど妹の方が育ち盛りだから。

 少ないけど、お小遣いがあるから購買にでも行こうかな。


 シュンとして席から立つと。

「あら、北川君。どこへ行くの?」

雅ヶ丘みやびがおかさんこそ、どこに行ってたの?」


「私はちょっとお手洗いに。それで北川君は?」


「僕はお昼ご飯を忘れたので購買に行こうかと……」


「それは大変ですね。だけど北川君、今から行ってももう遅いと思うけど?」


「まだ二十分くらいしか経っていないのに……?」


「はい。みなさん育ち盛りですから」


 そんな……。まさか購買がそんな激戦区だったなんて。

 自販機で飲み物でも買って空腹を紛らわすしかないか。


 どっちにしろお金は使うのでそのまま廊下を出ようとする、


 すると後ろから軽くポンと肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには可憐な風貌の美少女。


 雅ヶ丘さんが後ろに何かを持ちながら笑顔で顔を近づけてきた。


「な、何ですか……?」

「賢い北川君に問題です。これは何でしょう?」


 後ろから四角い何かを包んだ風呂敷を出してくる。


 今の状況から察するにお弁当だろうけど……。

 もしかして、お弁当を忘れた僕の目の前で自分のお弁当を食すつもりなのか?


 なんて恐ろしい。

 初日にここまで嫌われることなんて逆にすごいんじゃないか?


「……お、お弁当ですかね?」

「正解です! 流石ですね」


 逆にわからない人がいるのか。


「ではお弁当を忘れて困っている北川君を、私が助けてあげましょう」

「……はい?」


 助ける? 一体どういうことだ?


「ささ、席に着いてください」 


 言われた通り席に着く。

 初日ということもあり、僕たちは席をくっつけたまま。


 彼女は机の中心にお弁当を置いた。


「もしかして分けてくれるの……?」


 ここまでされたら流石にわかる。


「もちろんです。でも――」


「でも……なんですか?」


「箸は一つしかないので、私が食べさせてあげますよ」


「……え⁉」


 雅ヶ丘さんがあまりに突拍子のない事を云うので、思わず大きな声を上げてしまった。


「そんなに驚かないでくださいよ。今日と、それから今後も勉強を教えてくれるお礼です」

「そ、そう言うことなら」


「それに犬によくこうやって餌を上げているので慣れてますから」


「そうなんですね……」


 つまり僕は犬という扱いなのか。 

 流石に人間として見てほしかった。


「はい、あーん」


 一口サイズのハンバーグを掴んで、僕の口元に寄せてくる。


「い、頂きます」


 半ば強引に口に入れられた。


 箸に触れてしまうと面倒なことになりそうなので、避けようとしていたが強引に入れられたせいでガッツリ触れてしまった。


 咽(むせ)そうになりつつも精一杯咀嚼を続け、ゆっくり喉に通した。

 味の感想は、『美味しい』の一言。


 お弁当ってこんなに美味しいんだ。


 それか、彼女のお弁当が美味しいのか。

 どちらにせよ美味しいのは変わりないが、それよりも彼女の表情だ。

 

 何故だか知らないが、箸の先端をとろけた表情で見ている。


 何その顔? 僕分かんない!


「では私も」


 そう言って自分のお弁当を食べる。

 だが気になったのは、なぜ箸を離さないんだ?

 

 ああいう食べ方なのか?


 そう考えていると、あることに気が付いた。


 雅ヶ丘さんとの昼食で周りをよく見ていなかった。

 周りを見渡すとクラスメイトはもちろん、廊下にも人が群がっている。


 女子も普通にいるが、男子が多い。


 そしてなぜか僕がものすごく睨まれている。


「あ、あの……雅ヶ丘さん?」

「北川君、時間がないから早く食べてくれないかしら。ほらあーん」

「ちょっと僕の話を――」


 野生の群れの中にいるかと思うくらい、四方八方から鋭い視線が飛んできた。


 雅ヶ丘さんがこの状況に気付いていないの?


 それとも気付いてるけど無視しているの?

 だんだんと彼女が怖くなってきた。


 しかも無我夢中に僕の口にお弁当を突っ込むし。


 お弁当はものすごく美味しかった。

 おかげでお腹は満たされた。


 だけど、二度と僕はお弁当を忘れないと心に誓った。

 

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