第2話 雅ヶ丘さんと東雲さん


 僕の初めての高校生活。


 少し高校生活について調べたことがあるが、とても充実していて楽しそうだった。


 東澤とうざわ先生が教室の扉を開け、いつも通りなのか、席に着いていない生徒を叱った。


「おい、チャイムはもう鳴ったはずだぞ、席に着け」


「先生、転校生が来るって本当ですか⁉」

「……ああ、転校じゃなくて編入だけどな」


「やっほぉぉぉう‼」 

 

 先生はずかずかと中に入っているが、僕はまだ教室の前にいる。


 男子の声が高鳴っているのは分かる。


「静かにしろ。編入生は男子だよ」

「……………………」


 ん? 急に静まり返ったぞ……。


「……………終わった」


 今終わったって言ってなかった⁉

 いや、言ってたよね……。

 男とわかった瞬間の男子のテンションの下がりよう。


 男子ってだけであんなになるの……?

 僕、この世では女子がよかったかも。


「おい、入れ」


 廊下にいる僕に向かって、先生がこっちに来いと首を振っている。


「はい! 失礼します!」


 クラスメイトの顔を一瞥し、教壇に立つ。


 想像していた典型的な不良みたいな人はいなかった。


「黒板に名前を書いて、自己紹介をしてくれ」


「初めまして、北川心きたがわしんです。これからよろしくお願いします!」 


 黒板に縦書きで名前を書いて、一礼。


「……………………」


 え……。なんで静かなの。

 女子はなぜか近隣の席でひそひそ話してるし。


「……じゃ、じゃあ心は一番後ろの空いてる席に座ってくれ」

「はい……」


 思ってた高校生活とは少し違う。

 もっと華やかに迎えてくれると思っていた。


 恐る恐る奥に進み、自分の席に着く。

 鞄を机の横にかけ、教科書の整理を始める。


 確か今日は五教科と体育だったか。

 一限目は数学。


 なので数学の準備をしていると――。


「ねえ、北川君」

「……は、はい!」


 話しかけられると思ってなかった。


「ふふっ、何その反応。もしかして緊張してるの?」


「ええ、まあ」

「そんなに硬くならないで。私は雅ヶ丘琴葉みやびがおかことは。よろしく」


 そう言って手を差し出してきた。


 一目で判断できた。

 この子きっとめっちゃ人気ある。

 とんでもなく美人で、初対面の人に優しく接してくれる。


「……よろしくお願いします」


 HRが終わると、そこからは災難だった。

 クラスメイトが一斉に僕の席を囲ったからだ。


 主に女子。

 一体僕が何をしたと言うんだ。


 そう言えば前世でも同じように女の人がたくさん僕に寄ってきた。


 それはおそらく僕を男子として見ていないから。


 弱いからなめられているのだろう。

 女子の軍勢の中に一人、目立つ赤髪の女子が僕の正面に立った。


「ねえ、心君って呼んでいい?」

「……え、ええ。いいですよ」


 はにかんだ笑顔を見せた。

 正直、うまく笑えなかった。


「……可愛すぎでしょ⁉」

「え? 今なんて?」

「……ッ! な、何も言ってないよ」


 今絶対何か言ってたよね……。

 もう嫌だ。日本の女子怖い。


「心君は習い事とかしてるの?」

「ぼ、僕の家は母子家庭だから、習い事とかしてる余裕はないかな」


「大変だね。何か困ったことがあったら気兼ねなく聞いてね?」

「ありがとうございます」


 怖い人だと思ったけど、案外優しいのかも……。


 ダメだ、余計分からなくなってきた。

 そうだ! 雅々丘さんなら。


 あの人は凄く優しそうだったからきっと――。


「あ、あの!」


 大人数の女子を掻い潜り、隣の席に座る雅ヶ丘琴葉に声をかける。


「どうしたの? 北川君」

「……あっ。その、えーっと」


 ヤバい! 話しかけたはいいものの、何も言うことが無い!


 何か話題を……。

 瞳孔を必死に動かし、話題を探す。

 一番最適な話題はないものか。


 諦めず探し続けていると、数学の教科書が目に留まった。


 これだ!

「数学のノート……見せてくれないかな?」


「はい! いいですよ」

 そう言った彼女の顔は……なぜかとても嬉しそうだった。


 何かいいことでもあったのかな?

 でなきゃ初対面の男子に気安くノートなんか見せないよね。


「ずるーい! 私が見せる!」

「き、北川君は私に頼んで来たのよ」

「でもでも――」

「でもじゃないです。私が見せます」

「ケチーッ!」


 何だろう。

 隣の席で何か言い争いをしている。

 雅ヶ丘さんと……あの赤髪の子だ。


 あの子名前はなんて言うんだろう。

 今更聞けない……。


「おっ、あの二人に興味があるのか? やっぱりお前も男だな」

「えーっと……君は?」


「俺は臼田真うすだまこと。よろしく!」

「うん。よろしく」


 やっと男子の友達ができた。


 何故だろう。とても久しぶりに男子を見た気がする。


 美形で少しチャラチャラしているが、人は良さそう。


「それにしても転校初日から女子に囲まれるなんてツイてるね」

「……あははっ。多分ナメられてるんだと思うけど」


「弱気だなー。もっと自信持たなきゃ」


「う、うん」

「心は雅ヶ丘さんと東雲しののめさん。どっちがタイプなの?」


「急に何⁉」

「そんな驚くなって。言っておくが俺は断然雅ヶ丘さんだ」


「へ、へえ。そうなんだ」


 二人とも可愛い。

 どちらが好みかなんて初日で判断できない。


 それにしても、東雲さんって言うのか。


 キーンコーンカーンコーン


 授業の予鈴が僕と真の会話に割って入った。


「そろそろ授業が始まるから、俺は席に戻るとするよ」

「うん。またね」


 教室に東澤先生が入ってきた。


 ノートを見せてもらうため、雅ヶ丘さんと席をくっつけて授業に臨んだ。

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