第80話 旅に出るのなら

 では、どうしよう。

 皆は顔を見合わせた。やはりあの地下に置いておくしかないのだろうか。

 ヴァンは明るく続けた。


「でもね、誰の手にも渡らない場所に運ぶことは可能だよ」

「運んでくれる?」

「リアはボクの主。ボクに可能なことならなんでも聞くよ」

「誰の手にも届かない場所とは?」


 ヴェルナーが興味津々で問いかけると、ヴァンは彼を懐かしそうに見ながら答えた。


「ボクが生まれた北の大地の、さらに北にある天空だ。そこには他に生き物はいないから、どこよりも安全だと思う」

「なら、あの地下室よりいいかもな」

「ヴァン、お願いするわ」

「うん。じゃ、早速、行ってくる。またね、リア!」


 箱を掴んで、ヴァンは上空へと飛び去った。

 その光景を呆けたようにヴェルナーは見上げる。


「あの魔物を使役するって、すげ……」

「前世であなたも、ヴァンと一緒に旅をしたのよ。ヴァンはあなたを懐かしがってたわ」

「旅したかったな。魔物と、リアと二人で」


 独り言つヴェルナーにジークハルトが鋭い視線を投げ、冷ややかな声で忠告した。


「ヴェルナー。命が大切なら、そういったことを言うのも考えるのも一切やめたほうがいい」


 ヴェルナーは少し顔をひきつらせた。


「承知しました」


 ジークハルトは宣言をする。


「リアは旅にもう出ない。オレが決して離さないから。もしリアが旅に出るのなら、オレと一緒だ」


 リアは素直に頷いた。

 ジークハルトを放っておけない。

 リア自身の感情として、彼から離れたくはなかった。


「私はジークハルト様を置いて、旅に出ませんわ」


 イザークが俯いて、溜息をつく。


「仲良いな……。子供の頃からリアは、パウルのことが好きだったもんな……。リアが幸せになるなら、それが一番だ。俺はリアとパウルのことを子供の頃から、大好きだったからさ」

「? イザーク?」


 少し離れていて、聞こえなかった。

 イザークに目線を向けると、彼は首を横に振った。


「なんでもない」


 イザークは笑顔だったけれど、その表情はどこか哀愁を帯びてもみえた。

 ジークハルトが全員を見回す。


「君達に、感謝する。ここまで来てくれ、ありがとう」

 

 二人は礼を言われ、一瞬言葉を失ったものの、すぐに返事した。


「いえ。おれは魔術探偵としての好奇心もありましたので。解決してよかったです」

「俺は久しぶりに、里帰りでき、村に来られて懐かしくて」


 ジークハルトはリアに視線を当てた。


「リア」


 彼はリアの肩に手を載せ、瞳を覗き込んだ。


「特に君には世話になった。何度礼を言っても足りない」

「私は何も……。無事、落着してよかったですわ」


 彼にじっと見つめられて、リアは恥ずかしくなって目を逸らせる。

 胸の奥が熱くなる。安心感と、切なさを感じた。



 四人は帰路につき、ジークハルトとリアは皇宮へ、イザークは留学先に、ヴェルナーは帝都の店へと戻った。




◇◇◇◇◇




 少し時間が経ち、落ち着いてくると、リアは寂しくもなってきた。

 皇宮の優雅なバルコニーで空を仰いでいると、執務を終えたジークハルトが戻ってきた。


「リア」


 彼は颯爽と歩いてき、隣に立ってリアの手を取る。


「ジークハルト様」

 

 指の間に指が絡まる。

 

 近頃、彼といると無性に泣きたくなる。

 彼に記憶がないとしても、リアが初めて好きになった相手である。

 

 パウル本人だと知らないまま、惹かれていた。

 

 恋心を自覚し、しかも初恋相手だとわかり、胸が騒いで仕方ない。

 彼はもう片方の手で、リアの髪に触れ、指で梳いた。


「空を見ていたのか?」

「……ええ」

「君の魔物と別れた方向だな?」

 

 彼は優しくリアを見つめる。

 彼の双眸は吸い込まれそうなほど綺麗だ。


「すぐに別れてしまいましたので」

 

 前世でずっと旅をしていた、大切な魔物。喪失感がすごかった。


「今度一緒に国外に出て、旅行しよう。そのときに好きなだけ、君の魔物と話をするといい」

「ありがとうございます。ジークハルト様」

 

 リアは心から感謝の言葉を述べた。


(よかった……! ヴァンと会える)

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