第75話 過去の真実

「──何?」

 

 皇帝の瞳に尖った光が浮かぶ。


「それはどういった意味だ?」

 

 探るような眼差しに、ジークハルトはまっすぐ向き合う。


「オレは双子として、この世に生を受けたのではありませんか?」


 皇帝の顔が強張った。


「双子の片方の皇太子が亡くなったため、急遽、オレがここに呼ばれた。──違いますか?」


 皇帝は胡乱な目で問いかける。


「何をもってそんなことを?」


 ジークハルトは奥歯を噛み、拳を握りしめる。


「オレは幼少時の記憶が朧げです。皇宮で過ごした記憶はありますが、実感は薄い。オレの今の記憶は操作されたものなのではないのですか? 本来の記憶を消し、皇太子の記憶をオレに植え付けた。占星術師を兼ねた宮廷医師なら、そうすることが可能です」


 皇帝は沈黙した。それからしばらくして観念したように、太い息をついた。


「……ああ。おまえはジークハルトではない。本物のジークハルトは病で、八歳で亡くなった。おまえはその双子の弟だ」


 ジークハルトもリアも、身に驚愕が走り抜けた。


(やはり……双子……)


「一度、疑問を抱けば、植え付けた記憶は綻び、本来の記憶が戻りはじめる……。おまえが気づいたのなら、隠してみても仕方ない……」

 

 皇帝は苦々しげに机の上で両手を組み合わせ、目を伏せた。


「──皇家において、双子は災いの種だ。

 弟のおまえは監視をつけて、帝都から離した。

 しかしジークハルトが病で亡くなり、おまえを呼び寄せることになった。私は子孫を残せない身体となっていたからだ。

 跡を継ぐ者はおまえしかいなかった。

 双子であることは秘密だったため、ジークハルトが亡くなったことは隠した。おまえの以前の記憶を消し、あらたな記憶を植え付けて、ジークハルトとして生きてもらうことにしたのだ。

 皇妃は、亡くなったジークハルトを溺愛していたため、同じ顔だが違う人間のおまえを避けるようになった。おまえを見ると、亡くなった息子を思い出すと。

 おまえも実の息子であるのに変わりはないのだが」


 そういえば、ジークハルトは母親から冷たくされ、愛情を向けられなかったと以前話していた。


 兄皇子は母親から愛されたのだろうが、弟の彼自身が経験したのは拒絶だった。


「なぜ、わざわざ記憶を植え付けたのです。皇太子として置くにしても、最初にオレに事情を話し──」

「皇家において、双子は存在してはならぬ! 過去の歴史をみても、争乱が起き、不吉なのだ」

 

 皇帝はそう言い切った。


「おまえにはジークハルトとして、生きてもらわなければならなかった。周囲におかしく思われないよう、ジークハルトの記憶、思考を、おまえに植え付けるしかなかった」


 ジークハルトは喘ぐように言葉を発す。


「ではやはりオレは……その前は、リアの暮らしていた村にいたのですね……?」

「おまえを隔離していた村に、まさか彼女がいるとは思ってもみなかった……」


 彼女というのは、たぶんリアの母のことだろう。

 皇帝の双眸に後悔の色が濃く滲んでいた。

 そこに愛情が見え隠れする。


「元の記憶が全て戻るのも、時間の問題だ。だが、おまえには今後もジークハルト・ギールッツとして生きてもらわなければならない。それをしかと肝に銘じろ」




 ──話は終わり、執務室から出、庭園を歩きながらジークハルトは、リアを見つめた。


「オレは君と幼い頃に知り合っていたのだな……」

「ええ……」


 リアは動揺し、ちゃんと彼を見ることができない。


「それが君の初恋の相手か……?」

「……そうですわ」

「そうか……」


 初恋の相手だったパウルが、婚約者のジークハルト自身だったのだ──……。

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