第74話 転生のきっかけ2

 ヴェルナーはジークハルトに視線を戻す。


「二人は別々にではなく、同じ場で同時期に精霊王に接触したのだとおれは考えます。一緒にいたときに精霊王に触れ、ギールッツ皇家直系の殿下の魂に、それが移った。眠っていた場所に、再度封じることで、今後世界が破壊されることはなくなるはず──。殿下の記憶が曖昧であるなら、リア、君の記憶は? 昔のことを覚えてるか?」


「……ええ。幼い頃からの記憶はしっかりとあるわ。前世については、不鮮明なところもあるけれど」

「婚約破棄までの人生は前世とほぼ同じなんだよな?」

「そうよ」

「殿下といるとき、それらしいものをみたことは?」


 リアはかぶりを振る。


「ないわ」


 精霊王を封じたものなど見たことはなかった。


「では、君はいつ『闇』術者として覚醒した?」


 それは辛い記憶と結びついている。忘れることは一生ない。


「……七歳のときよ。帝国の外れにある村で暮らしていて。幼馴染と隠し通路を抜けて……そこで、魔法の鍵のかかった扉を開け、地下にある箱を……その中に、ストーンが入っていて──」


 リアは青ざめる。


(まさか、あれじゃ……?)


「そのあと、気分が悪くなったわ。『闇』術者として覚醒した」

「そのストーンだ……。それに精霊王が封印されていたに違いねえ」


 ヴェルナーは確信したように頷いた。


「殿下、あなたもリアの言うその場所に行ったことがありますね」


 ジークハルトは引き結んでいた唇を開き、きっぱりと否定した。


「いや、ない」


 ヴェルナーはリアに尋ねた。


「リア、その場にいたのは君だけだったか?」

「いいえ」


 リアは首を横に振る。


「他に二人いたわ。幼馴染のイザークと、パウルが……」


 ヴェルナーは身を乗りだす。


「彼らはどうなったんだ?」

「体調が悪くなったわ……。私とイザークはすぐ快復したけれど、直接ストーンに触れたパウルは亡くなった……」


 リアの胸は引き裂かれるように痛む。


 ヴェルナーはふっと眉を動かした。


「ストーンに直接触れただって?」

「ええ」

「……殿下は、幼少時の記憶が朧げなのですね?」

「ああ」

「その少年は実は亡くなっておらず……殿下なのでは?」


(パウルが……ジークハルト様……!?)

 

 リアははっと息が詰まった。


「……パウルとジークハルト様は、実際そっくりだけれど……」


 最初会ったときから、ジークハルトはパウルととても似ていた。 


「オレはこの皇宮で生まれ育った。リアのいた村で彼女と過ごした記憶はない」

「その記憶自体、操作されているのでは。オレの父方は伯爵家です。親戚の一人が、亡き皇妃にお仕えしていました。皇妃付きの侍女の間で、皇妃は双子を出産したという噂があったと、聞いたことがあります」


 ジークハルトはみるみる青ざめた。


「……確かめてみる」




◇◇◇◇◇



 

 リアはジークハルトに部屋へと送られた。


「ここで待っていてくれ、リア」 

 

 思いつめた顔つきで、すぐ部屋を出ようとしたジークハルトに、たまらず声をかける。


「どちらに行かれるのですか?」

「父に話を聞きにいく」


 リアはきゅっと唇を噛みしめた。


「私も同行したいです」


 リアも事実を知りたいと思った。ジークハルトのことを理解したい。


「……わかった。一緒に行こう」


 ジークハルトはリアの手を握りしめた。リアも彼の手を握り返す。


 


 二人は、皇帝の執務室へと向かった。

 重厚な扉の前には衛兵が控えている。


 衛兵はジークハルトに敬礼した。

 中に入って皇帝へ報告し、衛兵は扉を大きく開けた。

 

 壁には巨大な鏡と絵画がかけられており、室内には金銀の装飾が施された調度品が置かれている。

 皇帝は窓の前にある執務机にいた。


「父上」

「二人で、どうした」


 皇帝は手にしていた羽根ペンを置き、口元に笑みを滲ませる。


「仲睦まじく過ごしていると聞いている。結婚前に自分の宮殿に婚約者を連れ置くとは、ジークハルトも気が早い」


 長椅子に座るよう皇帝に促がされたが、ジークハルトは単刀直入に切り出した。


「父上──オレは本当に、皇太子ジークハルト・ギールッツなのですか?」

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