第63話 朝まで二人きり3

 ジークハルトが部屋の灯りを消す。

 彼とは反対側から寝台に上がり、極力距離を取った。

 彼はそんなリアに呆れたような視線をよこす。


「そんな端に行かずとも、場所に余裕はあるが」

「私、この場所がとても気に入っているのです。いつもこの端で眠っているのですわ。定位置なのです」


 特にそういったわけではないが、リアはそう返した。

 いくらジークハルトが婚約者だといっても……婚約者だからこそ、眩暈がする。


「もう少しこちらに来い。それでは眠っているうちに、床におちるのがオチだぞ」

「ですが」


 彼は表情を曇らせる。


「そんなにオレが嫌いか?」

「そういうことではありません」

 

 リアはほんの僅かだけ、彼の傍に移動した。彼はそれを見、深く溜息をつく。


「……落ちないように気を付けろ」

「はい」 

 

 リアは横になって、身を強張らせながら目を瞑る。


(ヴェルナーに聞きにいけなかったわ……)


 また、会う方法を考えよう。



 なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠りにおちていた。

 意識が浮上したのは、ジークハルトの声でだった。


「……オレ、は……」


(…………)


 リアは寝返りを打ち、瞼を持ち上げた。

 どれくらい眠っていたのだろう?

 離れた場所のジークハルトのほうを見ると、彼は何か言葉にしていた。


「オレは…………君、を…………」


(ジークハルト様……)


 その様子が苦しそうで、リアは半身を起こし、そろそろと彼の傍に寄った。


 窓から差し込む月明りのなか、彼は額にびっしりと汗をかき、眉はきつく寄せられ、呼吸は乱れていた。

 体調が悪いのだ。うなされている。

 起こしたほうが良いのではないだろうか。

 

 リアは彼の肩にそっと手を置いた。


「ジークハルト様……大丈夫ですか」


 彼はふうっと瞼を開ける。その瞳は潤み、焦点は合っていなかった。掠れた声で彼は言う。


「……リア……オレは、君を何度失えば……」

 

 彼の瞳から涙が零れおちる。


(え──?)

 

 彼は両の拳を握り、目元を覆う。


「嫌だ……! こんな思いをするのは、もう、嫌だ……!」

「ジークハルト様」

 

 彼はどうやら……夢をみて、意識が朦朧とするなか、うわ言を口にしている。

 毎晩、ひょっとすると、こうやってうなされているのではないか。

 リアはそう思い当たれば、はっとした。


(それで体調が悪かった……?)


 近頃は、舞踏会のバルコニーでみたときよりは、顔色が良かったから安心していたのだが。


「オレを置いて、リア、どこにも……行かないでくれ……!」

「ジークハルト様、私はここにいますわ」


 彼の手に手を重ねると、彼はリアの手を引いた。

 リアの後頭部にもう片方の腕を回し、自らに引き寄せると、彼は覆いかぶさるように唇を塞いだ。

 

 唇が擦れ合い、強く押し当てられる。


(…………!)


 リアは目を見開く。


 はじめてのキス。

 割り入るように口づけられ、くらりと眩暈がした。

 涙の味がする。

 目を閉じ、リアは彼のキスを受け入れる。

 

 意識が遠くなりそうな中、彼の心臓の上に手を置いた。

 自分は『闇』術者であるが、『風』術者でもある。

 

 ジークハルトの心臓の上に手を置き、唇を合わせれば、彼は快復するはずだ。

 だが激しすぎるキスに、リアは思考が曖昧になっていく。

 彼の情熱が身に沁み透る。力が入らない。


 彼はふっとキスを解き、瞬いて、唖然とリアを見つめた。


「リア……」


 彼の目の焦点は、今は合っていた。


「オレは……」


 リアは、どくどくと心臓が大砲のように鳴り、身体が痺れていた。


「オレは今、君に無理やりキスを?」


 彼は罪悪感に苛まれるように、昏い瞳でリアを見る。

 リアは切なく視線を揺らめかせた。


「……いいえ、無理やりにではありませんわ」


 避けようと思えば、たぶん避けられた。それに彼に口づけされて嫌ではなかった。

 今の出来事と自身の感情に、とても動揺している。


「……ジークハルト様、体調は?」

「……今、君と唇を合わせたことで、快復した」


 彼に視線を戻すと、彼は先程までの青白い顔ではない。

 リアは安堵する。


「よかったです」

 

 だが恥ずかしくてまた目線を移動させた。


「……すまなかった」

「……いえ」

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