第64話 朝まで二人きり4

 恥ずかしがっていると、彼を責めているのと同様な気がして、リアは自らの気持ちをなんとか整理した。


「ジークハルト様はうなされていました。悪い夢を見られていたのですか?」

 

 彼は長い睫をおろす。


「ああ。悪夢だった」


 彼はそう言って押し黙る。

 どういった夢なのだろう。

 リアが気になっていると、彼は手を伸ばし、リアの手をとった。指が指に絡まる。

 彼の眼差しが煌めくように光る。


「好きだ」


 リアはとくんと心臓が跳ねた。


「オレは、君が好きだ。愛してる」

 

 頬と、握られた手が熱を帯びる。


「君のほうはオレを何とも思っていない。君の意思を無視してキスをし、悪かった」

「私……」

 

 リアは混乱する。

 自分自身の気持ちがよくわからない。


「……オレが君を幸せにしたい。だが、オレでは君を幸せにできないのかもしれない。それで、候補者を立てた」

「候補者……?」

 

 彼は自嘲的に笑む。


「ああ。この国の有力貴族で、人格に優れ、君と年齢の合う者達を数名選りすぐった。その中から、君が最もよいと思う男を選べばいい」

 

 リアは唖然とジークハルトに視線を返す。


「……ジークハルト様は、私に、他のひとと結婚することをすすめるのですか」


 虚を衝かれて、声が掠れる。


「私をこの宮殿に連れてきたのは、候補者を立てたと伝えるためだったのですか」


 彼から気持ちを告げられたのも、口づけられたのもはじめてだ。

 それでなくても感情が入り乱れているというのに、さらに荒れくるった。


「私、ジークハルト様が何を考えてらっしゃるのか、わかりませんわ」


 彼はぎゅっとリアの手を強く握る。


「すすめるわけではない! オレが、このオレが君を幸せにしたい。だが……君がどうしてもオレでは嫌だというなら……おかしな輩と結婚されるより、君を幸せにできると思う者と結ばれてほしいんだ……」


 もし本当に想ってくれているのなら、候補者を立て、他のひとに任せようなどと思えるだろうか。

 

 リアは締め付けられるように胸が痛んで、悲しみが全身に広がっていった。


「ジークハルト様は、私を愛しているとおっしゃってくださいましたが、愛しているのなら、候補者など立てたりできません……。他の相手と結ばれても良いと思っているということでしょう」

「良いなどと思っていない! リアはオレが、君とイザークとのことで、平常心でいられたと思うのか!? 他の男と結ばれることを考えれば、気がおかしくなりそうだ!」


 彼は血を吐くようにして叫ぶ。


「だがオレは君を壊してしまいたくはない」


(壊す……? ……どういうこと……?)


 彼は俯いて、告白した。


「──オレは君を愛しているが、憎んでもいる」


(憎む……)


「……君はイザークを愛しているのか?」


 なぜここでイザークの名が出てくるのかわからなかったが、リアは自分の気持ちを正直に言葉にする。


「幼馴染として友人として好きで、恋愛感情はありません。私は……」


 リアはジークハルトを見つめた。

 

 ジークハルトのことを自分はどう思っているのだろう。

 パウルが初恋で。

 だからパウルと似ているジークハルトのことが、ずっと気にかかっていた。

 

 けれどジークハルト自身を愛しているのかと問われれば、答えが出ない。

 この感情は、他のひとに対して抱くものとは、違うのは確かだった。

 リアはジークハルトに恋をしているのか、彼を通してパウルをみているのか、ずっとわからなかったのだ。 


 自分の気持ちが掴めない。


「……私は候補者とか、他のひとを選びません」

「君はオレのことをどう思っている?」

「……ジークハルト様は、昔亡くなった初恋相手と似ています。この感情が……あなたへの気持ちなのか……」


(わからない)


 リアは自分が涙を零していることに気づいていなかった。

 ジークハルトの指で優しく頬の涙を拭われる。


「オレはその男に嫉妬する。その男が生きていれば、殺したかもしれない」

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