第62話 朝まで二人きり2

「ジークハルト様……」


 冷や汗が滲むと、彼は吐息を零した。


「明日話そうと思っていたが、今、話しておく。自白剤を飲ませたメラニー・クルムが洗いざらい吐いた」

「え……」


 リアははっとする。


「メラニー様が……」

「ああ。彼女は、君の弟に頼まれ、オレに近づいたらしい」

「カミルに頼まれて……!?」


(どういうことなの、それ……!?)


「オレに近づき、婚約が流れるよう動いてほしいと、カミルに言われたらしい。彼女は彼に恋をしていた。自身の野心もあり彼に従ったようだ。噂を流したり、君を突き落とそうとしたり、誘拐を企んだのは彼女の独断だが。君の兄弟がオレ達の結婚を壊そうとしていたのは事実だ」


 リアは喉の奥が詰まる。


「君から極刑に処すのはやめてほしいとの要望があったので、彼女の記憶を消し、侯爵家に引き渡した。侯爵は娘を所領の屋敷に置き、帝都には生涯足を踏み入れさせないと、約束をした。告発した友人は、今後見守り支えたいと、彼女と共に行くと話していた。彼女を愛しているらしい」


 リアはジークハルトの話を呆然と聞いていた。


「カミルはどうして、彼女にそんなことを……」


 どうしても信じられない。

 ジークハルトは、苦々しげに唇を歪めた。


「彼は君のことが好きだからだろう」


(好きだから?)


「それでカミルは、オレ達の邪魔をするよう彼女を唆したんだ」


 リアはかぶりを振る。理解できなかった。


「カミルがそんなことをするなんて……信じられませんわ」


 ジークハルトは眉を顰め、嘲るように続けた。


「弟だけではない。君の兄もだ。そもそも弟に命じたのは兄のオスカーだ」


(お兄様が……)


「どうして……」

「弟と同じ理由だ。君のことが好きだったから、だ」

「私も、兄とカミルのことが好きです。好きだからこそ、そんなことをするなんて信じられません……」

 

 ジークハルトの瞳に濃い影が差した。


「オレは彼らの気持ちがわからないこともない。好きだから、結婚してほしくなかったのだろう」


 リアにはわからなかった。

 だが、ジークハルトが、でたらめを言っているようにもみえなかった。

 本当のことを話しているのだ。


「……兄と弟が関わっていたというのは事実なのですね」

「ああ。直接的にではないし、君に危害を加える気は一切なかっただろうがな」


 リアは動揺する心を懸命に宥め、頭を下げた。


「……申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけして……どうかお許しください」

「君が謝る必要はない」


 リアは顔をあげ、おそるおそる訊いた。


「兄と弟は何らかの処罰を受けるのですか」


 彼は首を左右に振る。


「いや、彼らが海外で学ぶ間に、頭を冷やすことを願っている」


 リアは胸を撫で下ろした。


 ジークハルトは低く押し殺した声で呟いた。


「数十年は帝国に戻す気はないが。もし前のようなことがあれば──そのときは容赦なく、あの男らを抹殺する」

「……え」


 今、彼はなんと言ったのだろうか。声が低すぎて聞こえなかった。

 ジークハルトはリアの頬に触れる。


「それより、リア」


 彼は指でリアの頬をなぞった。


「今後、無暗に夜、同じ部屋で休みたいなどと言うんじゃない。誘っていると思うぞ」


 リアは頬に朱が集い、俯くようにして頷いた。


「申し訳ありません」

「君は寝台で休め。オレが長椅子で眠る」


 皇太子である彼を、それこそ長椅子で休ませるわけにはいかない。


「ジークハルト様、寝台をお使いください。長椅子は私が」

「ではこうしよう」


 彼は髪をさらりと揺らせた。


「寝台を二人で使う。寝台の幅はあるし、二人でも眠れる」

「二人で? それは……」

「オレと眠るのは嫌か? ではオレは長椅子で──」


 リアは目を伏せた。


「……わかりました。ここで二人で眠りましょう」


 一人では広すぎるくらい幅があるから、確かに二人でも充分眠れる。

 しかし、問題はそういうことではない。

 子供の頃から、前世も含め、今まで寝台で異性と一緒に眠ったことなどない。

 

(緊張する……)

 

 自業自得だが、おかしなことになってしまった。

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