第32話 記憶とは

 ジークハルトとの会合は、リアが十五歳となった今も続いている。

 

 今日は彼の部屋で過ごしている。

 青と白を基調とした豪奢な室内だ。


 天井からクリスタルのシャンデリアが下がり、家具調度品は重厚で、扉や壁は繊細な彫刻が施され、金で装飾されている。

 優美な窓から陽が入り、絨毯に光の模様を描いていた。

 風がペールブルーのカーテンをふわりと揺らす。


「今度の夜会は出席するだろう、リア」

「出席いたしますわ」

 

 公爵から出席するように言われている。

 ジークハルトにエスコートされることになる。

 彼は十六歳となり、見上げるほど身長が高くなった。

 

 婚約当初から整った容姿をしていたが、現在彼は目の覚めるような完璧な美少年となっている。

 前世の記憶からもそうなるのは知っていたが。


(記憶、結構曖昧なのよね……)


 前世でもこうして過ごしたはずだ。でも一日、一日全てを覚えていなかった。

 日々成長する彼と間近で過ごしていれば、新鮮な発見や驚きがあった。


(ジークハルト様は、見目麗しくなられたわ……)


 彼といると、眩しく感じる。 

 自分のとる行動は、前世と基本的に変わっていないはずだが、記憶がぼやけているので、正確にはわからない。

 将来結婚をすることはないのに、婚約者として過ごすのは、どうなのだろう。

 

 十歳で前世を思い出してから、ずっと疑問に思っていることだった。

 婚約破棄されるのであれば、いっそ早めにしてもらったほうが良いのではないか。

 しかしこちらから婚約破棄を切り出すことなど不可能だ。彼に早く婚約破棄してとせっつくこともできない。

 

 それにリア自身の感情として、旅に出たいが、彼といたい気持ちもある。

 別れがくるのがわかっているのに、婚約者として過ごす、なんとも複雑な毎日を送っているのだった。


「夜会のあとには、花火が上がる。そういえば、君は前に花火を見て、泣いたことがあったな」


 リアは動揺した。


(前世の記憶を取り戻した日……)

 

 落ち着こうと、ハーブティを口にし、喉を湿す。


「……そんなこと、ありましたかしら」

「ああ、あった。君が十歳、オレが十一歳のときだ。そのときオレは――」


 彼は言葉を止め、眉を寄せた。


「……っ」


 彼はこめかみを押さえて呻き、前かがみとなる。


「ジークハルト様」


 リアはびっくりして立ち上がって、彼の傍に寄った。


「どうされたのです」

「……少し眩暈がしただけだ」

 

 ジークハルトの顔色は悪かった。

 

 彼は幼い頃は身体が弱かった。

 婚約以降は、そんなふうではなかったが。

 

 彼は『暗』寄りではないものの、『星』術者。『星』は身体が弱くなりやすい。

 急逝した幼馴染のことが脳裏を過り、不安が胸に押し寄せる。

 パウルも『星』術者だった――。


「ジークハルト様、お加減が優れないのでは……」


 彼は顔をあげ、ふっとリアを見つめた。


「……『風』術者の君なら、オレの体力を快復することができるが」

「私が?」

「そうだ。君がオレの心臓の上に手を置いて、口づければ、オレの体調は快復するだろう」


 その言葉に、リアは頬が赤くなった。


(……口づける……?) 


「それは一体どういう……」

 

 彼は唇に皮肉な笑みを滲ませた。


「嘘ではない。皇宮の書庫にある本に書かれてある。事実だ」


 もし事実だとしても、内容が内容だ。

 リアは硬直してしまった。


(……こんな場面、前世であった……?)

 

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