第24話 何者?

「通りがかりの者ですわ。子供を殴るのは許せないけれど、人の物を盗むのもいけないことです」


 少年はぎりっと唇を噛みしめる。


「……盗まないと、生きていけないんだ」

「あなたは殺されていたかもしれませんわ。もっと違う生き方を――」

「この生き方しかない」


 少年は吐き捨て、リアが止めるのを聞かず、駆けだした。

 繁華街にはスリや物乞いなどが、多くいる。

 この現状、なんとかできないだろうか。

 彼の背を見ながら、両腕を組んで考え込んでいると、後方で声がした。


「えらく肝の据わったお嬢さんだな」


(この声――!)


 リアはばっと後ろを振り返る。


「ヴェルナー……!」

 

 黒づくめの服に、同色の帽子を被った長身の青年。

 日に焼けた肌に、鋭い瞳、通った鼻、官能的な唇。

 眼帯をしているので、淡いグリーンの右目しか見えていないが、彼はオッドアイ。

 かなりの美青年である。

 

 ――ヴェルナー・ ヘーネス。


「え……お嬢さん、なんでおれの名を知ってんの?」


 前世で、旅を一緒にしていた仲間だったから。

 彼に会いにきたのだけど、まさか本当に会えるとは。

 ラッキーだが、前世云々を話して信じてもらえるだろうか。

 

 リアは唇を引き結ぶ。

 彼は特殊な能力の持ち主であるが、信じてもらえない可能性が大きい。


 どうしようかしらと思いながら、彼を見ていたが、昔出会った頃より六歳ほど若いヴェルナーは、まだ頬のあたりに少年らしさを残していた。


(なんだか不思議な感じ)


 ふふっと思わず口元が綻んでしまう。

 他の人は、今の姿も知っていたのだが、ヴェルナーは、この年頃でまだ出会っていなかった。

 今生が初めてである。


「なあ。なんで知ってんだ?」

「当たりました? そういう名前っぽいと思っただけなのですわ」

「…………。ばっちり当たったが」

「ええっ、私、すごいかも!」

 

 手で口を覆って、驚いてみせる。しかし演技などできないリアのわざとらしさに、ヴェルナーは目を据わらせた。


「今の疾風、君が起こしたんだろう?」

「疾風?」


 リアはぱちぱちと瞬いた。


「そういえば、風が吹いたような……? でも私では――」

「おれに隠しても無駄だ。お嬢さん。君、術者だ」


 やはり、今生でも彼は能力を保持しているようである。

 他の人も皆、前世と同じで、起きる出来事も同じだから、きっとそうだと思っていたのだ。

 

 ――ヴェルナーは術者の魂を見る能力を持つ。

 前世、彼は高級賭博場の経営者かつ、魔術探偵でもあった。

 危険な思想の術者を見つければ、帝国に報告する組織に属しているのだ。

 

 なぜ、そういった組織に属することになったか等、詳しい話は彼がしたがらなかったので、前世リアも詮索しなかった。

 互いに過去を捨て、冒険者として生きたのだ。

 仲間であり、色恋は皆無である。


「さっきの子は、おれの知ってる子だ。助けに入ろうとしたら、君がやってきて、男を追い払った。あの子を助けてくれたこと、礼を言う。ありがとう」


 リアは小さくかぶりを振る。


「私は何もしていませんわ」

「お嬢さん、『風』の術者だろう」


 彼はリアを見ていた目をふっと細めた。


「……しかし、変わった魔力だな」


 彼にここで『闇』の術者であることを知られても困る。リアはおかしな思想などは持っていないが、『闇』術者が危険だと判断されないとも限らない。


 リアは少々慌てた。


「ヴェルナー・ヘーネスさん」

「……姓も雰囲気でわかったと?」

「……はい」


 ああ、焦って墓穴を掘っている。 


「……君、何者だ?」

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