第20話 どうして

(え!?) 

 

 リアはびっくりして、椅子から立ち上がった。


「ど、どうしてこちらに……!?」

「その男は誰だ」

「え……パウル……!?」


 イザークは瞠目し、喉の奥から掠れた声を出した。


「君、生きていたのか……!?」


 ジークハルトはイザークを無視し、リアに視線を当てている。


「リア。この男は誰かと聞いているんだが?」


(どうして、ジークハルト様が屋敷に)


 リアは困惑しながら、喉を湿し言葉を発した。


「彼は……私の幼馴染ですわ。村にいたときの」


 ジークハルトは顎を上げ、イザークを見据える。


「ああ……侯爵家に引き取られたという」


 呆然としているイザークに、リアは説明した。


「イザーク、このかたはジークハルト殿下」

「皇太子殿下……!?」


 イザークは愕然とジークハルトに見入る。


「嘘だろ……」

 

 パウルとそっくりだから、イザークも混乱しているのだ。

 イザークは立ち尽くしていたが、その場の様子から事実だと悟ったようで、丁重に名乗った。


「……殿下、失礼しました。イザーク・クルムです」


 ジークハルトは腕を組み、歪んだ笑みを唇に刷く。


「屋敷を訪れてみれば、幼馴染と逢引きか、リア。オレという婚約者がいながら」

「逢引きなんかじゃありませんわ!」

「現に男と二人きりではないか」

「……殿下、誤解です。俺とリアは昔からの友人です」

「イザークは幼馴染で、友人だから会っています。決して逢引きなどではありません」

「幼馴染との話を邪魔したようだな。オレは君に菓子を持ってきただけだ。帰る」


 そう言って、ジークハルトは踵を返し、廊下へと出る。慌てて外まで見送ろうとすると、彼はそれを止めた。


「見送りはいい。来るな」



 

※※※※※




 思い立って、リアのもとにやってきたのだが。

 帰りの馬車に揺られながら、ジークハルトは憤りを抑えきれない。


(なぜ、男と二人で部屋にいる?)

 

 幼馴染で友人だと話していたが。

 まだ子供でも、異性は異性だ。

 

 感情が荒く波立ち、苛々とする。


(……オレはどうして、これほど腹を立てているのだ)


 彼らは友人に違いないのだろう。


 わざわざリアのもとを訪れた理由は何だ。

 自分自身でさえ、己の行動と感情が掴めず、よくわからない。

  

 リアは愛のある結婚をしたほうがよいといった。

 そういった結婚をきっと彼女自身は望んでいたのだ。

 愛だの恋だの、馬鹿馬鹿しい。ジークハルトはそう思っている。

 しかし、リアのことは興味深くみている。彼女といると、困ったことにとても楽しい。

 

 これまで感じたことのない気持ちが胸の内に広がる。

 今日も、約束などしていなかったが、彼女に会いにきてしまった。 

 皇宮ではじめて顔を合わせたときから、不思議な想いを抱いている。

 

 彼女は、美形の家系といわれるアーレンス公爵家の人間だけあり、美少女だ。将来はさらに美しく成長するだろうと思われた。

 だが、見た目の美醜などはどうでもよかった。

 美しいだけの、人形のような令嬢など、彼女と会う前に飽きるほど見た。

 

 気になったのは彼女の容貌ではない。

 

 まっすぐな意思を秘めた眼差し。

 彼女がジークハルトに向けるその瞳に、吸い込まれるように、捕らわれた。


(最初会ったときのあれは一体、なんだったのだろう)

 

 時が止まったように感じた。

 彼女はこの自分の根本的な部分を、みているような気がした。

 

 ジークハルトはその場で、彼女と婚約することを決めた。

 他のどの令嬢と会ったとしても、彼女に感じる、この気持ちを得ることは決してないと確信したからだ。


 だが積極的に彼女と関わっていくつもりはなかった。

 父はジークハルトに無関心だ。母はジークハルトを拒絶していた。

 自分に近づいてくるのは、身分に惹かれた者ばかりだ。

 

 愛情は誰からも得られない。

 誰にも興味をもてない。誰のことも信じられない。

 虚無のなか過ごしている。

 ただ、リアといるときは、心が弾み、生きていると感じることができた。

 

 透明感があり、美少女すぎて冷ややかなほどなのだが、笑顔はあたたかく、話している表情は柔らかだ。

 今日、約束はしていなかったが彼女に会いたくなって、訪れた。

 リアも喜んでくれるのではないか、と非常に愚かなことまで考えていた。


(オレと会っているときより、幾らかあの男といるときのほうが楽しげだったではないか)

 

 リアは幼馴染といるほうが良いのだ。安らぐのだ。

 その事実を辛く感じた。


 部屋の扉を開ける前、聞こえた言葉――。

 彼女は父親のような相手と結婚したかったと。しかも自分はその父親に似ていないようだ。


(なぜこれほど胸が痛む)

 

 彼女がジークハルトを見る瞳は、時にとても悲しげだった。

 理由が気になっていたが、それは自分との結婚が嫌だったからなのだろう。

 彼女にとって、己の意思関係なく無理やり決められたことなのだから。


(わかっていたこと。なのに、どうしてオレはこんなにこたえている?)


 ジークハルトは皇宮に戻る馬車の中で、血が滴るほど拳を握りしめた。

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