第21話 前世の記憶

 皇帝主催の夜会が催され、リアは公爵と宮殿に赴いた。

 

 今日は花火が上がる。

 それをジークハルトと共に見ることになっていた。

 

 彼が屋敷にやってきて、すぐ帰って以来、ずっと会っていない。

 その間にリアは十歳となった。




 大広間で奏でられている宮廷楽団の音楽を聞きながら、久しぶりにジークハルトと、皇室専用のバルコニーで過ごした。

 

 二人きりにさせようという計らいか、ここには他に人がいない。

 彼はずっと無言だ。気まずい雰囲気だった。 

 最初の頃以上に彼の醸し出す空気は重たい。


(怒ってらっしゃるのよね……)


 ぴりっとしていて、このままではいけないと勇気を振り絞り、彼に話しかけた。


「ジークハルト様」


 彼は椅子に腰を下ろし、花火が上がる予定の空に目を向けたまま返事をした。


「何だ」

「屋敷では申し訳ありませんでした」


 ジークハルトは頬を強張らせた。


「やはりあれは逢引きだったのか?」


(え)


 リアは首を大きく横に振る。


「ち、違いますわ! 彼は幼馴染です」

「では何を謝っているのだ」

「折角ジークハルト様がお越しくださったのに、何もお構いできませんでしたので」

「連絡もせず行ったからな」


 確かに急で驚いた。

 連絡があれば、もう少し違う対応ができたのだが。

 ジークハルトはすぐに帰ってしまった。

 今もこちらを見ようとしない。


「本当に申し訳ありませんでした」


 リアは頭を下げて謝罪した。

 顔を上げると、彼はこちらに視線をうつしていた。


 今夜初めて目がかち合う。

 空色の彼の瞳が僅かに細まる。


「オレが怒っているようにみえるか?」

「……はい」

「今は怒っていない」


 彼はふっと眉を寄せる。


「オレもなぜあれほど腹が立ったのか、自分でもよくわからない」


 楽団の音楽にかき消され、よく聞こえない。


「……ジークハルト様?」


 彼はバツが悪そうに視線を逸らせ、溜息をつく。


「不愉快だった。あんな感情をもうもちたくない。今後、君のところへ行くときは、事前に連絡する」


 リアが謝ろうとすれば、彼はそれを止めた。


「やめろ、謝罪は聞き飽きた」


 それでリアは息を吸い込み、伝えたかったことを言葉にした。


「ジークハルト様が今後いらしてくださるときは、予定を空けますわ。お菓子、ありがとうございました。とても美味しかったです」


 彼はフンと鼻を鳴らして横を向く。


「君は幼馴染と会っているほうが、楽しいのだろう。幼馴染と約束があってもオレのために、予定を空けるのか?」


 ジークハルトは皇太子であり、婚約者だ。

 彼との約束はどんなものより優先すべきことだ。公爵もそう言うだろう。

 リアはジークハルトと一緒にいると嬉しく、けれど悲しくもなる。


「もちろんです。あなたは婚約者です、それに」


 その時、大きな音がして、夜空に花火が舞った。

 星空に咲く、宝石のような花。

 それを目にした瞬間、リアの視界は反転した。


(え――――) 


 あの日も、見た。

 花火を――。


「ようやく花火が上がったな。……どうした、リア?」


 蒼白になっているリアに、ジークハルトが声をかける。


「ジークハルト様……」

 

 駆け抜けた記憶に、リアは喉がからからに干上がる。

 

 今から、六年後。

 

 ――彼は違う女性を選び、リアとの婚約を破棄すると宣言する。


「リア?」

 

 瞼の奥が熱くなり、涙が頬に滑りおちる。


「どうしたんだ……!?」


 ジークハルトはリアの肩に両手を置いた。


「なぜ、泣いている……」

「……申し訳ありません……なんでもありません……」

 

 心が引きちぎられるように痛む。

 今すぐこの場から立ち去りたい、帰りたい。

 だが、そんなことはできない。

 深呼吸し、なんとか自分を落ち着かせる。


「すまない。君を泣かせようと思ったわけではない」


 先程のやりとりで、彼はリアが泣いたと思ったようだ。

 リアは自分でもなぜ涙が出たのか、わからなかった。

 ただ、非常に混乱している。


「体調が悪いのか」

「花火をみたのが初めてで……あまりにきれいで、それで」

「そうか」


 彼は心底ほっとしたように、表情を緩めた。


「では、花火を楽しもう、リア」

「……はい」

 

 彼と並んで、花火が上がる空を仰ぐ。

 

 頭も心もぐちゃぐちゃだった。

 

 

 ――リアはこの日、前世の記憶を得、リア・アーレンスとして、二度目の人生を生きていると知った。

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