第19話 二人で過ごす時間

(え――) 

 

 彼はリアの頬についていたらしいクリームを唇で取った。ぬくもりを頬に感じて、リアは唖然と彼に視線を返した。


「ジークハルト様……」


 すぐ傍にジークハルトの整ったきらきらした顔がある。


「なんだ」


 パウルとよく似た、綺麗なセルリアンブルーの双眸。

 吸い込まれそうで、リアは彼と視線を交わしながら頬を染めた。


「ええと、今……」

「頬についていた。甘いクリームだな」


 じっと見つめられ、リアは瞳が揺れた。


(パウルと同じ顔に、声……)

 

 まるで彼が生きてそこにいるようだ。心臓が壊れそうになる。

 しばし至近距離で見つめ合ってしまったが、リアは目を伏せた。


「あの……申し訳ありませんでした。おっしゃっていただければ、頬のクリーム、自分で取ります。ケーキも、自分で食べます」

「駄目だ」


 彼は即座にそう言う。


「な、なぜでしょう……」

「君は、食べる量を気にしているだろう。このオレが調整してやる」


 ジークハルトはそう提案した。


「オレが止めるまでは幾ら食べてもいい」

「……はい」

「さあ、折角君のために、料理人が腕によりをかけて、作ったんだ。食べればいい」

「……わかりました」


 皇太子はリアに手ずから食べさせる。

 距離が近いので、意識してしまったけれど、美味しいケーキを食べているうちに気にならなくなった。


(本当になんて美味しいの……幸せ……)


 蕩ける思いで、ケーキを味わっていると、隣に座るジークハルトが後ろを向いていた。

 その背が揺れている。


「? ジークハルト様? どうなさったのですか?」

 

 首を傾げて尋ねると、彼は前に向き直った。


「何がだ」

 

 その顔はいつもと同じ、無表情なものだった。


「次はこれだ」


 彼はタルトを切り取って、皿に載せ、またリアに食べさせようとする。リアは疑惑の目で彼を見た。


「ジークハルト様……ひょっとして、今笑ってらっしゃいました?」


 彼は真顔で否定した。


「違う」

「本当ですか?」

「ああ。ほら、これも君の好きな甘い菓子だぞ」


 リアは怪しみながらも、美味しいお菓子に抗えなかった。

 ジークハルトは満足げに微笑む。


「君が美味しそうに食べている姿を見るのは、面白い」


 ぽつりと呟かれた言葉を、食べることに集中していたリアは聞きとれず、ティーカップを手に取った。


「ジークハルト様?」

「なんでもない」


 彼は口角を引き上げ、首を横に振る。




◇◇◇◇◇



 

「皇太子殿下との婚約が決まったんだな」

「それでこのところ忙しくて」


 しばらく会っていなかったイザークが公爵家にやってきた。

 応接室のテーブルについて、久しぶりに話をする。

 ジークハルトと婚約してから、家庭教師がさらに増え、皇宮に行くこともあり、今日まで時間がなかなか取れなかったのだ。


「息が詰まらないか?」

「授業がたくさん増えたし、羽を伸ばしたいとは思う」

 

 幼い頃は、草原でいっぱい駆けまわることができたのだが。

 

 しかし皇宮に行くのは嫌ではない。出されるお菓子は美味しく、ジークハルトが、悪いひとではないとわかった。

 それにふいにみせる笑顔、仕草、眼差しなど、どきっとするほどパウルと似ている。

 

 一緒に過ごしていると、時折とてつもなく切なくなる。

 そのことについてはイザークに話さなかった。別人だ、話せば、さらにパウルを思いだしてしまう。

 互いの近況を伝え合っていると、部屋の外がなにやら騒がしくなった。


「なんか、ざわついてる」

「領地に行っていたお父様が、戻ってこられたのかも」

「挨拶しないとな」 


(けれど、予定より帰りが随分早いわ)


 イザークは窓の外をどこかぼんやりと見ながらリアに問い掛ける。


「そういえば前、リアは、君のお父さんみたいなひとと結婚したいと言ってたけど、皇太子殿下は似てる?」

「ううん。父様とは似ていないわ」


 実父はとても穏やかなひとだった。

 ジークハルトは、少し恐い。だが本当は優しいひとではないかと思う。

 誰と過ごすより、リアはジークハルトと過ごす時間が好きだった。


(いつも複雑な感情に苛まれるんだけど……)


 そのとき、扉の傍で低い声が聞こえた。


「何をしているんだ?」

 

 驚いて声のほうを見れば扉が開いていて、ジークハルトの姿がみえた。

 

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