第15話 別人

 けれど……パウルは亡くなったはず。


「あなた、生きていたの……」


 感激で涙が滲みそうになると、彼は訝しげに眉をひそめた。


「は? 何を言っている? 誰がいつ死んだ」


 彼は優雅に椅子に腰を下ろし、足を組んだ。


「ここに呼ばれたということは、君が父のお眼鏡にかなったということだ。今までより、決まった時間もやけに早い。君はアーレンス公爵家の養女だろう? あの家系は美形が多いときくが」


 そう言って、彼は冷ややかな視線をリアに向ける。まるで初めて会ったかのような態度だった。


「……私がわからないの?」

「? 君は何を言っているんだ、さっきから」

 

 彼は胡乱に目を眇めた。


「オレを見下ろしながら話すとはよい度胸だ。さっさと座らないか」


 リアは慌てて椅子に座りなおした。


「どうしてあなたがここに……」

「父に命じられたからだ」


 彼はテーブルのカップを手に取り、口に運んだ。


「変わった女のようだが、どこが父に気に入られたのか。外見か」


 検分するように見られ、リアは不可解に思う。


(そっくりだけれど……パウルじゃないの……?)


「……あなたは?」


 喉の奥から声を押し出して訊けば、少年は皮肉な笑みを口元に湛える。


「オレに先に名乗れと? 本当におかしな女だ」


 彼は椅子の背に片手を置いて、呆れたように溜息をつく。


「オレはジークハルト・ギールッツ」


 リアは唖然と彼に視線を返す。


(ジークハルト・ギールッツ……!? それって皇太子殿下の名……)


「自分は名乗る気はないのか?」


 リアはこくんと息をつめる。パウルだったら、リアをわからないはずがない。

 彼は別人なのだった。世の中には、三人はそっくりな人間がいるというが。


「……リア・アーレンスです」


 しかし余りに似ているため、尋ねずにいられない。


「あの……ずっとこの皇宮でお暮らしですか?」


 彼は不思議そうにリアを眺める。


「なぜそんなことが気になる? 生まれたときからここで暮らしている。オレが帝都を離れたことは、父の視察に同行した以外ではないが」

 

 彼は少し離れた場所に控えていた近衛兵のローレンツに声をかける。


「それに間違いはないな」


 ローレンツは、同意した。


「はい。殿下」


 リアは内心ひどくがっかりした。


(彼は……本当に別人なんだわ……)


「で、なぜ、そんなことを?」


 リアは一瞬喜んでしまった分、大きなショックを受けてしまい、消沈しながら答えた。


「……私は八歳まで村で育ちました。帝国の西にある村です。ジークハルト様の幼い頃はどうだったのかと思いまして……」


 彼は口角の右側を持ち上げた。


「君は公爵の妹が、駆け落ちして生まれた子らしいな? ……ああ、それが、父が君をここに寄越した一番の理由だな。結婚したかった相手の娘と、自分の息子を、と思ったのか」

「え……」


 彼は一人納得し、苦く笑う。


「どうせ父は君を第一候補にしているに違いない。オレも今後、何度も同じことをさせられるのは、面倒だし御免だ。リア・アーレンス。君で構わない。そう父に伝えるんだ。わかったな」


(……)


 彼は一方的に告げれば、身を翻して風のように去っていった。

 

 ぼんやりとその後ろ姿を見送る。後ろ姿もパウルと似ていた。髪は長く、あの頃のパウルよりも身長は高いけれど。

 すると控えていたローレンツが、リアの傍に寄り、興奮した様子で言った。


「おめでとうございます、リア様!」

「え?」 

 

 何に対して、祝われているのだろうか?


「陛下にご報告を」

「は、はい」


 何が何だかわからないが、とにかくこれで用事が終わったようだ。

 リアはほっとし、ローレンツに引き連れられて、謁見の間へと戻った。

 皇帝と公爵がこちらを注視する。


「どうだった。ジークハルトはなんと?」

「殿下は、リア様をお気に召しました、彼女をお選びになると!」


 その言葉にリアは眉を寄せる。


(彼が私を気に入っているようには、全くみえなかったわ)


「そうか」


 皇帝は鷹揚に頷いた。


「では、決まりだ。リア・アーレンス。おまえを息子の婚約者とする」

 

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