第14話 出会い
硬直するリアを、皇帝は長く無言で眺め、ようやく声を発した。
「ローレンツ。この娘をすぐに案内しろ」
「は」
後方にいた近衛兵は短く答え、リアの前まで無駄なく歩いてきた。
「ご案内いたします、お嬢様。どうぞこちらに」
「え……」
リアは心細くなり、公爵を仰いだ。
「お父様」
公爵も戸惑いの表情を浮かべる。
「――陛下、私も娘に付き添っても?」
しかし皇帝は、かぶりを振った。
「いや。おまえには話がある。残れ」
「……承知しました」
それでリアは一人、近衛兵に連れられて、謁見の間を出ることとなったのだ。
(……どこに連れていかれるの……?)
……もしかして……。許せない娘だ! と牢に捕らえられてしまうのでは。
そんな危惧を抱き、冷たい汗が滲んだ。
近衛兵は、先程リアが通った大廊下とは違う、庭園に伸びる廊下を進む。
後ろを歩くリアを気にかけながら、彼は柔らかく声を掛けてきた。
「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ?」
また十代の年若い近衛兵はリアに、笑顔を向ける。
「誰もあなたをとって食ったりはしませんからね」
逞しい体つきをしていて、赤褐色の髪に、グレーの瞳。
清潔感があり爽やかな笑顔を見ていると、心が落ち着く。すこぶる好青年だ。
「ありがとうございます」
気遣ってくれた近衛兵に頭を下げて礼を言うと、彼は笑みを深める。
「いえ。私はローレンツ・フューラーです。あなたはアーレンス公爵家のご令嬢、リア様ですね」
「はい。ですけれど、私は養女なのですわ」
彼は立ち止まり、リアと目線を同じにして、そっと告げた。
「アーレンス公爵の妹君のお嬢様ですね。存じております。ですが皇宮においては、そのことは口になさらないほうがよいかもしれませんね。皇帝陛下とのこともございますから」
親切に忠告してくれたローレンツに、リアは素直に頷いた。
(そうね。私、なんて迂闊なのかしら。この皇宮にきてしまったこと自体、そうだし。このひとは聞かされていないかもしれないけれど、私はこのまま牢に入れられてしまうのかも。そうなったら、全速力で逃げなきゃ!)
リアは、以前から身体を鍛えてきた。
現在も教師の一人からは護身術を学んでいる。
公爵は必要ないと言ったが、頼んでつけてもらった。昔、村で指導を受けたヨハンから、人生何が起きるかわからないし、身を守る術を身に付けることは大切だと聞いた。
リアは『闇』寄り。
身体が弱くなりがちなので、体力をつけるためにも良いだろうと、公爵は納得してくれたのだ。
その鍛錬が今こそ役に立つ!
捕らえられたり、殺されるのは御免である。
走って逃げる心構えをし、周りを見回し、逃走経路を考えた。
闇魔力を使えば、恐らく逃げられる。だが両親と使わないと約束した。
公爵家の皆もリアのことを『風』術者の『闇』寄りだと思っている。リアが『闇』術者として覚醒していることは、誰にも知られていない。
渡り廊下を通って、傍らに巨大な噴水がある場所でローレンツは立ち止まった。
「それではこちらでお待ちいただけますか」
「――はい……」
設えられたテーブルにつくよう言われ、リアはおずおず腰をおろす。
(一体、何がこれからはじまろうとしているの……?)
ここが引き渡しの場所で、これから牢へ直行?
すこぶる不安だ。立っていたら、倒れてしまっていただろう。
少しして、テーブルにお茶菓子が並べられ、リアの前と、向かいの席にティーカップが置かれた。
(……誰かもう一人来るの?)
「君がそうか」
突如声がして、びくっとして横を見れば、細かな刺繍の入った白の衣装を身につけた少年がいた。
金色の髪に、セルリアンブルーの双眸、品のある通った鼻梁、甘やかな感じの唇。
(パウル……!)
リアは目を見開き、椅子から立ち上がった。
そこにいたのは、初恋の相手だった。
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