第16話 婚約

(――え……? 皇太子殿下の婚約者?)


 顎をおとしそうになるリアに、皇帝は続けた。


「今まで何人かジークハルトの花嫁候補がいた。家柄良く美貌に秀でた娘たちを引き合わせてきたが、あれはどれも首を横に振った。おまえだけだ、縦に振らせたのはな」


 リアは非常に焦った。


「ジークハルト様は、すぐに席を立たれたのです。私を気に入ったというふうではありませんでした」

「あれはおまえに何と言ったのだ?」


 リアは最後、彼が皇帝に伝えるように言った言葉を思い出して口にする。


「……私で構わない、と。でもそれは――」


 皇帝はふっと笑った。


「おまえを気に入ったということだ」

「いいえ、そうではないのです!」


 しかし聞き入れてもらえず、突如、ジークハルトと婚約することが内々で決まったのだった。




 リアが困惑していると、馬車の中で、公爵が深く息を吐き出した。


「まさか妹に続いて、リアまでが、皇太子の婚約者となるとは……」


 母も以前、皇太子――現皇帝の婚約者だった。

 リアはきゅっとドレスのスカートを掴む。


「とんでもない誤解なのです。陛下にも申し上げましたが、ジークハルト様が私を気に入ったわけではないのです、お父様」


 皇太子との婚約後、駆け落ちしたリアの母のことを思い返しているのだろう、公爵は暗い顔つきだ。


「……私としてはオスカーとリアの結婚を考えていたんだ」


 リアは虚を衝かれた。


「お兄様とですか?」

「ああ。オスカーには話していたのだよ。息子は了承していた」


 そういえば……そんな話をされた、兄から。


(あれは……冗談ではなかったの?)


「リアがオスカーと結婚してくれれば、私も安心だったのだが……」


 公爵は頭を抱えた。


「妹が逃げ出した相手の息子だ……。ジークハルト皇太子は、以前は病弱で今は快復したときくが、傲慢らしいし心配だ……」


(パウルととても似ていたけれど、性格は違う……)


「きっと婚約の話はなかったことになります、お父様」


 ジークハルトはどうでもいいという感じだった。気に入られてなどいなかった。


「ならいいが。リアとオスカーに幸せになってもらいたいからな」


 兄との結婚も考えられない。

 屋敷に引き取られてから、リアはオスカーを実の兄のようにみてきた。

 兄も公爵に言われて、仕方なく了承したに違いない。

 



 夕食の席で、公爵が今日のことをオスカーとカミルに話した。

 不快げにオスカーの眉間に皺が寄る。


「リアと殿下が婚約?」

「ああ、今日内々に決まったのだ」

「姉上が、叔母上と同じ立場になるわけ?」


 カミルはぱちぱちと瞬き、リアをちらっと見る。


「今日、皇宮に行ったのはそれでだったの? 殿下にお目にかかり、婚約することに?」

「そうだ」


 公爵が力なく認め、リアは馬車の中でも話したことを言葉にした。


「このお話はきっと流れます、お父様。ジークハルト様は、投げやりでしたもの。正式に婚約が決まることはないです」

「ははっ」


 カミルは笑った。


「もし今回も婚約が流れたら、皇家との間にさらに因縁が? それってちょっと面白いかも」

「不謹慎だぞ、カミル」


 オスカーがカミルを諫める。カミルは唇を尖らせた。


「皇太子との結婚から逃げたくなったら、ぼくが姉上を攫って逃げてあげるから、問題も心配もないし」

 

 オスカーはどうしようもないといったように、カミルを睨んだあと、リアに目線を移動した。


「正式に決まることはないと?」

「ええ、お兄様。そんなことになりませんわ」


 リアはそう思っていたが、その後すぐ、リアとジークハルトとの婚約は正式に決まった。

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