第10話 新しい家族2

 微笑むその姿は貴公子然としている。

 アッシュブロンドの髪、青灰色の瞳に、高い鼻、薄い唇をした美形だ。


「お兄様、これからよろしくお願いします。リアです」


 握手を交わすと、オスカーは唇を綻ばせる。


「お兄様、とリアに呼ばれるの、すごく嬉しい……」

「ぼくも兄上って、いつも呼んでいるけれど?」


 彼の隣でそう呟くのは、プラチナブロンドに、ライムグリーンの瞳をした少年だ。

 こちらも美少年である。


「カミルだ。七歳でリアの一つ下。君の弟になる」 


 カミルははにかみながら、口を開いた。


「はじめまして、姉上。これからよろしくね」

「カミル様、はじめまして。よろしくお願いします」


 握手をすると、カミルはくすっと笑みを零した。


「様、なんてつけないで。ぼくたちは姉弟になったんだもの。ぼくのことは、カミルって呼び捨てでいいよ」

「そうだ、リア。弟になるのだから」


 公爵が言い、カミルはリアの手を両手で握りしめた。


「ぼく、姉上と早く打ち解けてすっごく仲良くなりたい! 敬語もよそよそしくするのもやめてね」


 純粋な目で見つめられて、リアは戸惑いつつも頷いた。

 オスカーがカミルの手を掴んで、ぐいっと離させる。


「いつまで握っているんだ、カミル。リアが困っている。リア、私を本当の兄だと思って接してくれるかい。私も実の兄として接するから」

 

 リアは一人っ子だったので、二人の優しい兄弟ができて、嬉しかった。


「はい」




◇◇◇◇◇




 母に似ているリアを、公爵は大切にしてくれた。

 今でも母を非常に愛しているが、父のことはよく思っていない。

 

 リアの父の父――亡くなった祖父は公爵家トップの使用人で、父は執事だった。

 上流階級出身ではあるが、公爵令嬢とは身分の違いがある。


 当時、母には婚約者がいた。それは、なんと現皇帝だった。

 父は将来の皇妃になるといわれていた母を攫って逃げたのだ。

 屋敷にきて事情を知り、リアは驚愕した。


 公爵は、父のことを憎んでいる。

 リアはそれを辛く感じたが、気持ちを懸命に堪えた。

 公爵が、母を本当に愛していたのも、わかったから。




 ――そして帝都に共にやってきたイザークは、侯爵家に引き取られた。

 彼はクルム侯爵の息子だったのだ。

 イザークの母は昔、侯爵家でメイドをしており、侯爵の子を宿したあと、姿を消した。

 

 リアの両親は、イザークの母からそういった話を聞いていたらしい。

 父がアーレンス公爵家に送った手紙に、イザークの事情も記されてあった。

 

 侯爵家でも、行方知れずになったメイドを捜しており、男の子供がいなかったクルム侯爵は、イザークが見つかったことに歓喜し、アーレンス公爵家に感謝の意を示した。

 

 イザークの外見は、クルム侯爵と似ており、血の繋がりは疑いようがなかったらしく、イザークは正式に跡取りとして認められた。

 

 彼とは互いの家に引き取られてから、会えていない。

 手紙でやりとりはしているものの、会って一緒に話をしたかった。

 

 今、リアもイザークも朝から晩まで、何人もの教師を付けられている。時間がないのだ。

 絵画、音楽、発声練習、舞踏など淑女のたしなみのほか、外国語等々――一時間刻みで、リアのスケジュールはみっちり詰まっている。

 

 リアは母の気持ちが身に染みてわかった。


(母様、教師から逃げ出したと言っていたけれど……きっと私以上に大変だったんだわ……当時の皇太子と婚約していたのだし)

 

 八年間、両親から様々なことを楽しく学んでいたが、今は公爵家の人間として恥ずかしくないよう教育を受ける状況に陥っており、少々疲れを覚えていた。

 



◇◇◇◇◇




 勉強の合間、リアは庭に出た。

 広々した庭園の一角に、薔薇園があるのだ。

 

 ここで両親も過ごしたことがあるだろうか。

 母が好きだった美しい花々を眺める。

 

 この屋敷で二人共暮らしていたのだ。きっとここで語り合ったこともあったのだろう。

 父は花の手入れが上手だった。

 リアは父の作った花壇の傍で、パウルに求婚されたことを思い出す。


(会いたい……父様、母様、そしてパウルに……)

 

 俯き、感傷的になっていると、後ろで声が響いた。


「リアは薔薇が好きなのかい?」


 振り返ると、オスカーが立っていた。


「お兄様」


 彼は上品な笑みを浮かべ、薔薇を手折り、リアの髪に挿した。


「私の妹は、薔薇の精のように愛らしい」

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