第9話 新しい家族1

 人が多くにぎわい、道は舗装され、煉瓦造りの建物が整然と並ぶ帝都は、衛生的かつ美しかった。


「旦那様にお会いする前に、ご支度を」

 

 男は宿屋に入り、メイドを呼んで、リアの支度をさせた。

 リアはお風呂で清められ、その後、フリルがあしらわれた上質のドレスを着せられた。髪は念入りに梳かれ、まとめられる。

 

 ここまでイザークとずっと一緒だったが、ひとまず離れることになった。

 道中、男が信頼ならない人物ではないと感じられたので、宿屋で滞在することをイザークも了承した。


 公爵家へと赴いたリアは、余りの壮麗さに息を呑んだ。

 瀟洒な屋敷に、美麗で広大な庭園。

 外観同様、内装も贅が尽くされている。そこには多くの使用人がいた。



「なんてことだ……! 妹に瓜二つじゃないか……!」


 初めて顔を合わせた公爵は、長身の上品な紳士だった。

 美しい容貌をしており、聞いていた年齢より若々しかった。

 公爵は感極まったように、震える声で呟く。


「妹が幼かった頃を思い出す……」


 公爵は涙を流して、リアを抱きしめた。


(え――)


「妹は間に合わなかったが……君を引き取ることができて幸いだった。名は」


 腕を解き、じっとこちらに視線を注ぐ公爵に、リアはおずおずと答えた。


「リアです」


 公爵は頷いて、微笑む。


「良い名だ。君は今日からこの屋敷で暮らすのだ」

 

 聞かされていたことだったので、リアは挨拶をした。


「どうぞよろしくお願いします、公爵様」

「なんと他人行儀な!」


(え?)


 公爵はショックを受けたように眉を曇らせた。


「君は私の娘となるのだ。どうかお父様と呼んでくれ」

「娘……」

「そうだ」


 公爵は優しくリアの髪を撫でる。


「私の実子は、残念ながら息子ばかりなのだよ。妻は随分前に亡くなってしまって、今から子を授かることもできない。君が私の娘となってくれれば、これほど嬉しく幸せなことはないのだよ」

 

 この家に引き取られるというのは、養女になるということだったのだ。それが父の意思だった。

 リアに断る選択肢はない。


「わかりました。……お父様」 

 

 リアの母は公爵の妹。

 公爵はリアにとって伯父にあたる。

 顔立ちや雰囲気がどことなく母と血の繋がりを感じさせ、親しみを覚えた。


「……しかしまったく……あの忌々しい男が、妹を連れて逃げたりしなければ、妹は早世しなかっただろうし、もっと早くに君にも会えたものを……」


(ひょっとして……忌々しい男って、父様のこと?)


 そう思い至り、リアはずきんと胸に痛みを覚えた。


「ああ、君の実父にあたるのだな、すまない」

 

 リアの表情が陰ったのを見て、公爵は慌てて謝った。


「だが彼はね……私の最愛の妹を連れて突如姿を消してしまったのだ……! 帝国中に人をやって、何年も探させたが見つからず、私も辛い日々を送った」

「……申し訳ありませんでした。お父様」


 リアの両親は、幼い頃から想い合っていた。意に沿わない結婚をさせられそうな母を、父は攫って逃げた。

 それは父だけではなく、母自身、望んだことだ。

 二人は愛し合い、幸せに暮らしていた。

 

 リアは公爵の言葉に哀しい思いをしたが、心を押し殺して謝罪する。それがこの家の養女となるということだと、無意識に理解していた。


「君が謝ることではない」


 公爵は横に視線を流す。

 そこにはリアをここに連れてきた男が控えていた。


「手紙に書かれてあった、少年については?」

「あとはクルム侯爵家による確認のみです」


 少年というのは、イザークのことだろう。

 だがクルム侯爵家による確認とは?


「では判明次第、連絡を」

「かしこまりました」

「あと、この部屋にオスカーと、カミルを呼んでくれるか」

「すぐに」


 男が退室し、それから、二人の少年が部屋にやってきた。

 

 リアと同じくらいの年齢で、とても美しい少年達だった。

 彼らは入室して、しばし動きを止めた。


「え……!?」

「嘘でしょ……!?」

「おまえ達に、話しただろう。新しい家族となるリアだ」

「……彼女が私の妹になる少女……」

「可愛い……!」


 彼らは非常に驚いていたけれど、リアを凝視しながらこちらに近づいてきて、目の前で立ち止まった。

 リアは緊張と恥ずかしさで固まった。

 

 公爵が苦い笑みを浮かべる。


「リア、これが私の息子達。右がオスカーだ。君より一つ上の九歳。君の兄になる」


 公爵は、背の高いほうの少年の肩に手を置いた。

 少年はリアを食い入るように見、手を差し出した。


「はじめまして、リア……! これからよろしく」

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