第8話 帝都へ

「ようやくお会いできました」


 年配の紳士はそう言った。


「一目見て、手紙の内容は事実なのだと確信しました。お嬢様、帝都へお越しください」

 

 悲しみに打ちひしがれるリアに男は告げた。

 イザークが警戒心をもって訊く。


「……誰ですか?」

「私は、アーレンス公爵家に仕える者です」


 男はイザークからリアに視線を戻す。


「お嬢様。あなたはアーレンス公爵の妹君の忘れ形見。あなたを引き取ることが旦那様の願いです。どうぞ一緒においでください」


 母は貴族令嬢だったのだろうとは予想していたが。


(……母様、公爵家の人間だったの……)

 

 リアは父を失った絶望感しかない。

 男から一歩後ろに下がった。


「私、どこにも行きません」

 

 リアにとって、この村で過ごしたのが全てだ。

 両親やパウルの思い出は全部この場所にある。


「この村から出たりなんてしません」


 男は苦笑する。


「あなたはまだ八歳でしょう。両親を失い、どうやって暮らされるのですか? 長く探し、ようやく見つけ出すことができたのです。残念ながら母君は間に合いませんでしたが……。あなたには公爵家に戻っていただかなくてはなりません。旦那様がそのようにお望みです。それに」


 男は厳かに告げた。


「あなたの亡くなった父君のご意思でもあるのですよ」


 リアは息を詰める。


「……父様の……?」

「ええ。父君が、公爵家に手紙を送ってこられたのです。自分の命はもう長くないので、娘を頼むと、この場所を知らせてこられた。まさか帝国のこんな寂れた村にいらっしゃるとは……」


 亡くなる前、後のことは頼んであるから、家に来たひとに従うよう、父に言われていた。それが、このひとのことなのだろうか。


「おじさんの意思に従ったほうがいい、リア。墓守は俺がする。心配ない」


 イザークが勇ましく言う。男はちらりとイザークに目をやった。


「君は母親を亡くした後、ここで暮らしていた少年ですか?」

 

 イザークは唇を引き結んでから答えた。


「そうです。俺はリアの幼馴染です。母が亡くなってからこの家で暮らしていました」


 男はじっとイザークを見下ろした。


「……なるほど面影がある……。あなたについても、恐らく手紙にあった通りでしょう……」


 イザークが訝しげに男を見ると、男は言い聞かせるようにゆっくりと話す。


「あなたもです。お二人で帝都にお越しいただきたい」

「行くのは、リアだけでしょう? 俺は……」

「あなたのことも手紙に記されてありましてね。あなたに関しては、相手方があることですので、今この場で詳細をお話しできませんが」


 イザークは戸惑い、顔を強張らせる。男は小さく笑った。


「突然現れた私が、お嬢様を連れていくことを不安に感じませんか? あなたもついてこられたほうが安心では? あなた自身も、それにお嬢様も」


 リアは自身の手を握りしめた。


 帝都に行くのなら、一人で行くよりイザークもいてくれたほうが心強いのは事実だ。

 しかし、イザークは村を離れたくないだろう。

 ここで育ち、彼の母親もこの地に眠っているのだから。

 父の意思でなければ、リアもどこにも行きたくはない。


 イザークは一拍黙し、決意したように声を出した。


「わかりました。行きます」


 そうして黒毛の馬が引く有蓋馬車に乗り、リアはイザークと共に帝都へ向かうことになった。

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