第3話 彼の暮らす塔
「ただいまー!」
二人と別れたあと、リアは家に帰り、玄関の扉を開けた。
すると母が廊下で拭き掃除をしていた。
「お帰りなさい、リア」
「母様!」
リアは仰天した。
「駄目よ、そんなことしちゃ!」
床に膝をついている母から雑巾を取り上げて、立ち上がらせる。
母はふうと小さく息をつく。
「父様がいないときは、リアがいつも家のことをしているでしょう。わたくしもしようと思ったの」
「掃除なんかして転んで怪我でもしてしまったら、大変。駄目よ」
「わたくしは転んだりはしないわよ、リア?」
「無理な体勢になるわ」
膝をついて床を拭くなんて、身体の弱い母にしてもらいたくはなかった。
「なら、洗い物を――」
「母様、不器用でしょ。お皿もすぐに割ってしまうもの」
はっきり告げてしまえば、母は眉尻をきゅっと下げた。
「お皿を割ってしまうのは事実だけれど……」
「とにかく、部屋に戻りましょ」
リアは母を部屋へと連れていく。
突然ばたりと倒れてしまいそうで、リアは母のことが心配で心配で仕方ないのである。
それでなくとも、今大陸では流行り病が蔓延している。
母が罹ってしまったらどうしようと、日々不安なのだった。
母は唇を尖らせた。
「リアは心配性ねえ。そういうところ、父様に似たのね? あなたは父様と同じ『風』の術者だし」
父が心配性なのは確かで、自分の性格は事実、父に似たと思う。
リアの家族は皆、魔力があり、父とリアは『風』の術者だった。
世界には、魔法を扱える人間が存在している。
ほとんどが王侯貴族らしいが、例外もあった。
プラチナブロンドの髪に、紫色の瞳をした母は美しく、リアは外見は母似だといわれるが、これほど美人ではない。
「私は母様と同じ『闇』寄り」
「ええ、わたくしと同じね。あなたの身体は弱くなくてよかった」
術者は『暗』寄りか、『明』寄りとなる。
が、例外的に『闇』寄りがいた。
『暗』寄りや『闇』寄りは、身体が弱くなることがある。
母がまさしくそれだ。
魔力を抱える身の負担が、大きくなるらしい。
リアは幸い、身体が弱いということはなかった。
「掃除はいいから、じっとしていて、母様」
母を自室へ移動させると、吐息を零して、母は本棚から本を取り出した。
「じゃ、今日は少し早いけれど居間に行って勉強を教えましょうか」
「イザークも呼んでくるね!」
「ええ」
リアは隣家に行き、イザークを誘った。
毎日こうして共に勉強している。
父も母も博識で、沢山のことを教えてくれる。
今日は、帝国の歴史を学んだ。
「あなた達は良い生徒ね」
母は口元を綻ばせる。
「わたくしがあなた達と同じ年頃のときには、家庭教師の先生から逃げだして、困らせて、よく叱られたの」
おっとり微笑む母は、いつまでも少女のようで、可愛らしい。
しかし意外とおてんばだったようだ。
◇◇◇◇◇
「今日は、親戚皆、珍しく外出してるんだ」
いつも三人で遊んでいる待ち合わせ場所に行くと、パウルがそう言った。
イザークはそれなら、と身を乗り出した。
「一度、塔の中に入ってみたかったんだ。行ってもいい?」
パウルはこくりと頷く。
「いいよ」
それでリアとイザークは、パウルに連れられて彼の暮らす塔に行ってみた。
内階段をのぼり、一番上にあるパウルの部屋に入る。
塔の外観と同じく、飾り気のないシンプルな内装だ。
机とテーブルが置かれ、書架には本が多く並んでいる。
「いっぱい本があるのね」
様々な種類の本が揃い、外国の本もある。
「他にもあるよ。階下は書庫になってるんだ。僕は行動を制限されているから、読書をして過ごすようにということだと思う。あらたな本が次々増えていく」
「へえ」
イザークは書架を眺める。
「気に入ったのがあったら、二人とも持っていって」
「ありがとう!」
「サンキュ」
それから三人はしばらくそこで読書をした。
リアとイザークは本を何冊か借りて、パウルと塔から降りた。
「パウル、あの建物、何?」
イザークは敷地内の奥にあるひとつの建物を指さす。
「ああ、あれは」
パウルは眉間を皺めた。
「立ち入り禁止になっている場所なんだ。僕が外に出るとき使う、抜け道が近くにあって。あの場所には親戚も近づかないから、僕も気づかれず、抜け出せてる。あの場所はなんともいえない空気が漂っていて……。抜け道を使うとき以外は、僕も行かない」
「ふうん……」
イザークは顎に手を置く。
「気になるな」
ぽつりと彼は呟いた。
リアもイザーク同様にそう思った。
(立ち入り禁止といわれれば、なんだか気になってしまうわ……)
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