第4話 冒険

「ちょっとだけ、行ってみたいな」

「私も」


 パウルは僅かに片眉を上げた。


「いいよ。皆まだ帰ってきてないしね」


 それで三人で、その建物の前まで行ってみた。

 確かに独特の空気を感じる。

 リアは興味と恐れを抱きつつ、訊いた。


「抜け道はどこにあるの?」


 彼は建物の横をすっと指す。


「こっちだ」

 

 建物をぐるりと回れば、横に石の階段があった。


「階段を降りて地下を進むと、いつも待ち合わせをする草原傍の石碑下に出る」

「ここから帰ったら駄目か? 一度通ってみたい」

「地下も特殊な空気が流れているから、気分が悪くなるかもしれない。足場も余りよくないし」

「パウルはいつもこの道を通ってるんだから、大丈夫だろ?」

「だけど……」

 

 期待をこめて、リアとイザークがパウルを見つめると、彼は根負けした。


「わかった。二人とも足下に気をつけてね。出口まで送る」

「うん!」

「ああ!」


 パウルは近くの木陰に隠していたランタンを手にした。


「じゃあ、行こう」


 リアとイザークはパウルに続いて階段を降りた。

 どきどきと胸を高鳴らせ、パウルの後ろを歩く。最後尾はイザークだ。

 

 パウルの背はすっと伸び、金色の髪が煌めいている。

 心臓が大きく音を立てるのは、冒険みたいに地下に降りるからか、すぐ傍にパウルがいるからか。

 

 パウルのことが好きなリアは、彼の後ろ姿をじっと見つめていて、足を滑らせてしまった。


「きゃっ」

「リア!」


 後ろを振り返ったパウルがリアを抱きとめる。


「大丈夫?」

「うん」


(……気をつけないと……!)


「ごめんなさい」

「いいよ。君に怪我がなくてよかった」


 パウルはにっこりと微笑む。


「でも気をつけて」


 リアは赤くなって、こくりと顎を引いた。


(母様に色々言えない、私が転んでしまったわ……)


 慎重に階段を下まで降りると、暗い道がみえた。


「草原の地下まで伸びているんだな?」


 イザークが道を覗き込む。


「うん。――リア、危ないから手を繋ごう」


 差し出されたパウルの手をリアは取った。あたたかな掌だ。

 リアはとくんとくんと鼓動が早まる。


「じゃ、俺がランタンを持つよ」


 パウルからランタンを受け取り、イザークが一番前に立ち、進んだ。 

 少し歩いたあと、イザークは足を止めた。


「この壁ってひょっとして扉?」


 後ろの二人も立ち止まった。イザークは右側の壁に目を注いでいる。

 パウルは首肯する。


「うん。扉だと思う」

 

 壁と一体化しているけれど、精緻な模様が描かれていた。


「なんだか……さっきの建物と同じ空気を感じるわ」


 ひんやりとした独特のものだ。リアは天井を見上げた。


「位置的に、さっきの建物に繋がっているの?」

「そうだよ」

「中に少しだけ入ってみたらいけないか、パウル」


 パウルは苦笑いする。


「立ち入り禁止の場所だからね……それに鍵がかかっている」

「ちょっと押してみよう。開くかも」


 取っ手が見当たらないので、イザークは掌を扉に置いて、えいっと強く押した。

 しかし扉は開かなかった。


「言っただろう。鍵がかかってるんだ」

 リアは模様をじっと観察した。


(あら?)


「パウル、この扉に描かれているの、本で見た模様と似てる。魔法陣……」

「うん、魔法陣」

「なら、魔法を使えば、開くんじゃ? 鍵って魔法でかかっているのかもしれないしさ。俺らなら開けられるんじゃないか。術者だ、三人とも」


 リアは『風』。

 パウルは『星』。

 イザークは『光』。

 それぞれ魔力を秘めている。村では三人と、リアの両親しか術者はいない。

 

 魔力の持ち主は非常に少ないのだ。『星』と『光』は特に貴重だと両親から聞いた。

 

 パウルは黄金の髪を揺らせてかぶりを振る。


「わからない」 

「パウルは開けようと思ったことはないのか?」

「考えたことはあるよ。でも試したことはない。立ち入り禁止の建物に繋がっているし、通路自体、本当は使っちゃいけないんだ。ここを通らないと、自由に外に出られないから使ってしまっているけれど」

「中に何があるか気にならないか?」


 リアは気になる、と思った。


「余り良い感じの気配ではないからね」


 パウルは眉を顰めて、扉を見つめる。二人の好奇心いっぱいの視線を受けて、彼は仕方ないといったように肩を竦めた。


「……わかった、じゃ開いたら、中を見てみようか」

「ええ」

「ああ」

 

 三人は扉に手を置き、魔力を解放した。

 するとその場がかっと光り、模様が色を帯びて、赤から青に変わった。

 扉はゆっくりと動く。


「開いた……」

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