第2話 会社経営 鶴見 五十鈴

〇 会社経営 鶴見 五十鈴


 なんだ。話ならさっき警察に話したぞ。


 あぁ、知ってるよ。部署が違うってやつだろう。ドラマで見たことがあるんだ。

 まったく、こんなことに巻き込まれるとはな。

 たまには気晴らしに映画でも見に行ってみるかと思ったらこれだ。


 俺は変なことはしてないぜ。

 いや、スタッフの兄ちゃんには怒られたけどよ。前の席を蹴るなってな。

 でも仕方ないだろう? 上映中にぺちゃくちゃ喋っていたのはあいつらの方だぜ? わざと咳き込んだりして注意を促したりしても伝わんないから、足が出ちまっただけだ。ちゃんと黙るかと思ったら、今度は俺のことでまたピーチクパーチク喋りやがる。


 お喋りがうるさくて集中して映画なんて見てられない。ふと気がつくと、横にはスタッフがいてな。

「鑑賞中にすみません」ってホワイトボードを渡してきた。

「前の座席に足が当たっているようなので、気をつけてくださいませんか?」


 映画中に喋る訳にもいかないし、ライトを使うと光って、それも映画を見るときの邪魔になるからって、ホワイトボードに書いて筆談するとは考えたよな。


 泣けるじゃねえか。伝え方が優しいよ。だからよ。俺だって言ってやったんだ。小さい声だけどな。「俺の前の席のお喋りがうるさくて、つい注意したくなっちまったんだ。俺の代わりにあんたが注意してくれないか?」

 ってな。

 俺も優しいだろう?


 まぁ、椅子を蹴ったのは悪かった。椅子は悪くない。

 でも刑事さん。俺は殺しなんてやってないぜ。


 上映中に席を立った人はいなかったかってか?

 それも、さっきの刑事さんに話したよ。

 映画の終わりら辺で、前の席にいたヤツが、スタッフと一緒に出ていったくらいで、他には席を立ったやつはいなかったぜ。


 まぁ、俺も映画を見ていたから、気づかれないようにゆっくり動いていたり、視界の外をしゃがんで動かれりゃ、さすがに気づかないと思うけどな。


 そういや、映画が始まる前、映画の予告が流れている時に、前の席にいたヤツらが入ってきてたな。もっと早く来いよな。


 今思えば、上映時間たった2時間の間でゴタゴタしてたよ。


 それで、映画の終了時、座席が明るくなった途端悲鳴が聞こえてきやがった。映画が終わったあと、見送りに来てたスタッフの悲鳴だったな。

 何事かと思って、スタッフの目線を追って振り向いたら、シアターのだいぶ後ろの方の席で男が血まみれで座っていたよ。

 シアターが明るくなって目がちかちかしている時に、急にあんなの見せられたら、嫌でも覚えちまう。首が赤かったかな。目を見開いたまま、動かなかった。


 目をつぶってもな、シルエットが浮かんでくるんだよ。

 厄介だぜ。ほんと。

 俺もさ、開いた口が塞がらなかったよ。

 怖くて悲鳴を出せるヤツは、すげぇなって思ったわ。

 正直何も出来なかった。


 俺より後ろに座っているやつは居なかったのかよ。なんか、映画が始まる前に声がしてた気がしたぜ。でも、映画が終わったら死んでたあいつ以外誰も居なかったんだよ。


 そいつが犯人じゃねぇか?

 なら、席を立った姿を俺が見ていなくても不思議はないしな。


 あぁ。背中?


 げっ。俺の一張羅が。こっちまで血が飛んでたのかよ。

 刑事さん。調べるついでに、クリーニングしといてくれねぇかな。頼むよ。



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