上映中はマナーをお守りください

ぎざ

第1話 映画館スタッフ 金沢 周一


〇 映画館スタッフ  金沢 周一


 当映画館のスタッフをしています。金沢 周一と申します。よろしくお願いします。


 どこから話していいものか。

 私ともう1人のスタッフで、このシアターを担当していました。


 このフロアの入口で『もぎり』を行ったあと、もう1人のスタッフはこのシアターの入口でお客様の誘導を行っていました。

 同時刻に上映している別のシアターの入口には、やはりまた別のスタッフが担当しています。常にフロア内のシアター入口には、誰かがいる状態でした。


 はい。『もぎり』というのは、映画のチケットを確認して、その方が観られる映画の正しいフロアへ案内する係のことですね。一応、ここでチケットの購入者のみをシアターへご案内することになっています。

 映画によっては、シアターのある階が違う場合がありますので、お客様が正しいフロアの各シアターにたどり着く事ができるよう、チケットを拝見し、階数とシアター番号をご案内させていただいております。


 チケットのことを『半券』と呼んだりしますが、購入されたチケットを係の者が確認し、半分にちぎりますよね。それが言うなれば『半分の券』、『半券』なんです。


 あのシアターへ案内したのは、被害に遭われた方を含めて計5名でした。


 映画開始時と、映画の途中に何度か、最後に映画の終了時に。交代で、シアター内を見回ることになっているのですが、あのシアターのお客様は皆、マナー違反をされていて、大変でした。


 映画を見る時のマナー違反、まぁ、前の席を蹴るだとか、上映中にお喋りをされるとか、映画の撮影をするだとか、ですね。上映前の予告編が流れる時間に、やめてくださいと注意喚起されているものです。


 映画の世界に浸るためには、没入感が重要ですよね。映画の明るいスクリーンとは対照的に、座席は暗闇に包まれます。映画の音質を楽しむためには、座席は対照的に静寂であることが望まれます。


 今はコロナの情勢もあり、間隔を開けての座席をご案内させていただいておりますが、それもゆっくり、じっくりと映画を楽しんでいただく為にはむしろぴったりなことだと思います。


 本当ならば、映画と観客は1体1で観るくらいが、丁度いいと、個人的には思っているのですが、それは難しいでしょうね。


 話がズレてしまいましたか。ありがとうございます。では、続けたいと思います。


 お客様がゆっくりと映画の世界に浸るためには、私どもの姿も、本当ならば見えない方がいいとさえ思います。一応、入口の座席が見渡せる場所に立って、お客様を見守ってはいますが、映画をご覧になっているお客様からすると、私たちの姿は邪魔でしかないはずですからね。なので、上映中はあまり視界の邪魔にならない場所で見守るようにはしています。


 そして、シアターの外で、体調の悪くなったお客様がいてもすぐに対処できるように、待機しているのです。


 しかし、今回は本当に、様々な問題が発生しました。


 前の席を蹴るお客様。お喋りをするお客様。映画を撮影するお客様……。ついには……。まさか。こんなことになるなんて。


 はい。映画を撮影したお客様を、事務所にお連れしたのは私です。前の席を蹴ったお客様と映画を撮影していたお客様には私が。その他のマナー違反には、もう1人のスタッフに行ってもらいました。


 彼を、映画の撮影をしていた男を映画の途中で事務所に連れ出して、話を聞いていました。はなから映画を楽しむ気が無いのは明白でしたから。私も黙っては居られませんでした。

 実はここのところ、当映画館のシアターにて、動画を撮影している方がいるようでしたので、警戒はしていたのです。映画の内容が動画サイトで出回っていましたから。当映画館のシアターで撮られた映像であるかは、見る人が見れば分かります。

 映画の盗撮が初めてであるか、そうでないかは、やはり挙動を見ればある程度は察しがつきます。これはやはり、刑事さんも仕事柄、ご存知かとは思いますが。


 常習犯は立派な犯罪ですので、警察に通報しようとは思っていましたが、まさかこんなことになっているなんて、事務所で彼の話を聞いていた時は想像もつきませんでした。


 さっきも言った通り、入口で私どもスタッフが待機していましたし、もぎりの時も不審者を通してはいないはずです。


 犯人は、シアターにいた、お客様の中にいると思われます。

 お客様を疑うのは申し訳ないとは思いますが、どうか。


 どうか、お客様を殺した犯人を見つけてください。

 よろしくお願いします。






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