CHIP〜神を宿す人〜

ヘイ

覚醒

「どーする? 歌うか?」

「んや、俺は……。あ、わりぃ電話だ」

 

 学校近くにあるカラオケ店に四人。

 ギュウギュウに詰め込んで笑っていた。少年は一言断りを入れてから外に出た。

 秋月の夜空に丸い月が浮かぶ。

 

「もしもし?」

りん。……親父、爺さんが死んだ』

「は?」

『帰ってこい』

「でも、友達とカラオケに……」

『友達か。どこのカラオケだ?』

「……分かったよ、帰るから」

 

 無理矢理にでも連れて帰るつもりだったのだろう。凛は通話を切ってポケットに携帯電話を突っ込む。

 

「お、凛。どうした?」

「……倉石くらいし、俺帰るわ」

「はぁ? まだ全然だろ」

「でも、用事できたから」

 

 祖父が死んだことを口に出すのは憚られ、財布から取り出した二千円をテーブルの上に置いてカラオケボックスを後にする。

 車道を通り過ぎていく車の数々、まだ六時だと言うのに空は暗い。

 

「爺ちゃん……」

 

 置いていかれるような感覚だ。

 通り過ぎていく車も、秋の風も。孤独を感じさせて、寂れてゆくように感じてしまう。

 

「アレが」

由木よしき源次げんじの孫息子、由木凛ですね」

 

 歩道を歩く凛を少しばかり離れた駐車場から見張る男女が二人。

 どちらも黒色のスーツを着ている。

 

「置き土産か……」

「回収しなきゃですね」

「殺害許可は?」

「出てますよ」

「そうか」

「主神級ですからね」

「今までだって何とかしてきた。私たちならできるだろ」

「……ですね」

 

 由木源次の作り出した神々の再現。

 CHIP。

 その恐ろしさは身をもって知っている。CHIPは脳に埋め込む事で唯一無二の能力を宿すのだ。

 異常の力に何度命を失いかけた事か。

 

「汎用CHIPのお陰か……。憎い爺だ、由木源次」

「行きますよ、先輩」

「ああ」

 

 後輩の男性は車を発進させ、凛の近くに止める。

 

「やあ、由木凛くん」

 

 話しかけたのは男。

 凛はピクリと眉を上げる。

 

「誰ですか?」

「僕たちは君のお爺さまの研究仲間でして」

「……本当ですか?」

「はい。少し付いてきて欲しいところがあるのです」

「いえ、後日にお願いします。今日は用事があるので……」

「……由木源次さん、祖父の死亡ですね」

「知ってたんですか?」

「ええ、とても悲しいニュースです」

「なら、分かりますよね」

 

 右肩にかけていた小さなカバンを脇に抱き寄せて、視線鋭く黒スーツの男を見遣る。

 それはまるで、そこから退いてくれと言うように。

 

「お急ぎでしょう? どうぞ車に乗ってください」

「結構です……。俺の家はここから近いので」

「遠慮しないでください」

「遠慮とかじゃなくて……」

「僕も源次さんにお世話になりました。その恩返しです」

「…………」

 

 しつこい。

 凛は苛立ちを募らせていた。どうしてここまで、自らに車に乗るように催促するのかもわからない。

 きっと、この男は祖父の研究仲間という言葉に嘘はないのかもしれない。

 だが、歩いて帰りたかったのだ。

 何となく。

 

「面倒だな、恭弥きょうや

 

 背後に立っていた女性が人目に触れぬように仕込んでいた注射器を凛の首裏に突き刺す。

 

「先輩」

「ほら、さっさと連れてくぞ」

 

 仕込まれていたのは麻酔。

 意識を保っていられず凛はゆっくりと前方に倒れる。

 

「あ、れ……」

「ごめんね、凛くん。でも、死んでくれ」

「……………………」

 

 倒れる体を恭弥と呼ばれた男が車の中に運び込む。

 

「手間かかる真似すんな」

「でも、僕が話してるおかげで隙ができたじゃないすか」

 

 後部座席で眠る少年を確認のために女性が見る。

 

「はっ。CHIPがあっても結局、人間だってのに変わりはねぇな」

「起きる前に処理しちゃいましょ」

 

 目を覚まされては厄介な事になる。

 主神級のCHIPに対する認識はこんな物だ。

 彼らの量産型CHIPでは対策の仕様がない。

 

『凛』

 

 ────爺ちゃん。

 

『CHIPの説明書を載せておいた。脳内に使い方は刻まれる。この言葉を唱えろ』

 

 ────CHIPって何だよ。

 

 疑問を吐き出さなかった口が開く。

 

「『全ては夢だった────』」

 

 凛の口が自然とその言葉を紡いでいた。

 閉じられている瞼を開く。

 飛び込んでくるのは見覚えのあるスーツの男の姿。光景は先程の初対面と同様。

 

「何が……」

 

 彼以上に驚いていたのは車内にいる女性だった。運転席には誰もいない。後部座席にも。

 窓の外には少年と自らの後輩が対面する状態で立っている。

 

「恭弥!」

 

 主神級のCHIPの効果の中でも、理解できない効果を見せつけられる。

 何が起きたのかを彼らは理解できていない。

 

「これが……」

 

 主神級CHIP。

 破壊を撒き散らすのではない。理解を超越した事象が引き起こされた。

 時間改変能力。

 

「まさか、クロノスか!」

 

 車内で叫び声を上げる。

 時空間を歪める能力として思い当たるのはクロノスのCHIP。

 

「俺はアナタを消す気はありません。お帰りください。アナタがどこの誰なのかも聞きません」

 

 ひどく落ち着いた様子で凛は諭すように恭弥に聞かせる。だが、彼は奥歯を噛み締めて叫ぶ。

 

「君は、無知です! その無知が周囲にどれほどの被害を齎すのか考えてください!」

 

 だから害を及ぼす前に殺す。

 

「なら、ここで殺せばいいです」

「…………っ」

「人目に触れるのは困るんでしょ?」

「絶対に僕たちは君を────」

 

 殺します。

 恭弥は凛の右横を通り過ぎる瞬間に小さく耳打ちした。

 

「……帰るか」

 

 車に乗り込んだ恭弥の背を見送ってから凛も歩き出した。

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