第8話 模擬戦

今、マルコとフレイアとレイラはゆっくりと簡易工場の地下に降りている最中だった。工場の奥の方が縦10M、横20Mほどの物資搬入出の為の昇降機エレベーターになっており、それに乗って降りて来ていた。やがて地下の全容が見え始めるとフレイアとレイラの二体はその広さに驚いた。縦200M、横200M、高さ20M、程にもなる大きな空間だった。先にそれぞれの騎兵アーマー・ギアと共に降りて来ていたロキとウルは既にそれぞれの機体のコクピットに乗り込んで調整に入っているらしく、腕や足を軽く動かしたりしているのが見えた。フレイアとレイラの二人が遅れてマルコと共に降りて来た理由は今回の整備費用の清算をしていた故だ。


「まさか、あの上の廃工場の地下にコレほどの空間が広がっていたなんて」


と、レイラが小さく驚きの声をあげた。フレイアも頷いて同意する。


「まぁ、ココはそもそも工場ではないからな。元々、上下共に非常時に備えた物資を備蓄する為の倉庫だったのよ。ワシが持ち込んだ資材や整備機械や工作機械のせいで今は工場にしか見えんのも仕方がないがな。この倉庫の裏側にはワシの大型トレーラーが三台停めてある。

お前さんらも知っておる通り、ワシは〝移動式整備業モービル・メンテナンス・ファクトリー〟を生業なりわいとしておるから、移動する度にを確保せんといかんのよ。で、だ。市が今回の紛争でココから物資を全て運び出した事を情報筋から聞いてな、この上の倉庫の運用に困っておった管理会社に連絡をしてワシが格安で借り受けた。と、言うワケだ」


様々な人間と取引を行うマルコであるからこそ構築できている情報網の強さが発揮されたのだった。やがて昇降機エレベーターは地下に到着した。


「よし、娘っ子共、準備を始めてくれ」


マルコの一声で二体のソレノイドは自分達と一緒に乗せて来ていた腰まである滑車付きの円柱の様な台座をそれぞれ転がして自分達の主の近くまで進んだ。この円柱の様な物は騎兵アーマー・ギアとそれぞれ簡易リンクを繋ぐ事によって機体データを収集出来る簡易分析装置シンプル・アナライズ・コンソールである。この装置の上部は傾斜のついた丸型のモニターになっており、スイッチを入れると様々なグラフが表示された。フレイアとレイラがそれぞれチェックを始める。そして、右耳に小型送受信機スモール・サイズ・トランシーバーを付けると搭乗者とセッティングを始めた。


「マスター〝白狼フェンリル〟との同期を開始します。帯域開放してください。今回はパワー、攻撃速度、回避速度、反射反応速度、旋回効率、この辺りの調整になります。大体のを取りますので出来るだけ稼働し続ける事を念頭においてください」


「マスター〝青騎士ブルータス〟のマニュピレーター・チェックを行います。右手の剣と左手の盾を上下左右に三度ほど大きく動かして違和感があるかどうかを確認してください。次に機体頭部と搭乗者ヘルメットのリンクの違和感の確認もお願いします」


フレイアとレイラは、それぞれに無駄なくテキパキと搭乗者達と連絡を取り合いながら準備を進めて行く。やがて五分ほどで双方が問題なくチェックを終えた。


「よ~し。じゃあ、始めるとするか・・・両方の機体に持たせてるのは模擬刀だから機体に受けても深刻なダメージが出る心配はないが熱くなりすぎるなよ。コレは戦闘データを取る為のテストであってコロセウムでやる様な〝バトリアント〟じゃねぇからな。二人共ちゃんと伝えといてくれよ」


「そんな近くで喚いてるんだから聞こえてるって」


フレイアとレイラの耳にロキとウルから同時に同じセリフが返って来た。二人がマルコに伝えると「わ~ってりゃいいんだよ」フンッと鼻息を一つ鳴らしながら答えた。


「じゃあ、行くか」


「おぉ」


と、ロキとウルが同時に答えると機体の反重力装置アンチ・グラビティ・ディバイスとイオン・クラフト装置を起動させてアクセルを吹かす。機体は地面から15cmほど浮き上がると前進を開始した。今回は機体の『順応精度』を確認する為のテストなので、互いに蛇行しながら進んだ。(フオォォォンッ!)と云う重低音と廃熱を機体の足元から発しながら進む。フレイアとレイラの二体はモニターを直視しているが両機体共に今の処、全く異常は見受けられない。元の位置から100M程を移動して両機体は互いに20M程の距離を取った。

ロキの機体は〝先行突撃型〟と呼ばれる軽機型である。標準型の騎兵アーマー・ギアと比べると軽量化の為に若干、装甲性能が落ちる。しかし、その代わり既存の騎兵アーマー・ギアタイプでは最もスピードを誇り、近接すると無類の強さを発揮する。しかも、ロキの機体は両手に剣を持ち防御を捨てたスタイルに近かった。

かえってウルの機体は〝中機型〟と、云う基本的な機体だ。左手に体の半分程を覆う縦を持ち、右手に剣を装備する。特に際立った点はないが、堅実に相手と打ち合い、勝利を目指す型である。


仕掛けたのはロキの白狼フェンリルからだった。白い機体は急速に間合いを縮めると左の剣でウルの青騎士ブルータスに切りかかった。

しっかりと左の盾で受け止めたウルは驚く。軽量級とは思えない程の打ち込みであったからだ。だが、怯む事無くウルの青騎士も右の剣で打ち込み返す。が、右の剣を頭上にかざす様に受け止めた・・・訳では無かった。ウルの剣が当たった瞬間、そのまま右の拳を上げて剣先を下げ、剣を白狼フェンリルの左側面の地面に受け流そうとしたのだ。同時の白狼の機体は青騎士の左側面に移動する様に動いた。さすがに勢いを止める事が出来ずにウルの剣が地面に向かって流される。このままでは左側面に完全に回り込まれて受け流した右の剣で青騎士ブルータスの左頸部が攻撃される。ウルは思いっきり左右の操縦桿を引き、ペダルを踏み込んだ。態勢が崩れたまま盾に身を隠す様に青騎士は後ろに下がり白狼フェンリルとの間合いを取った。追撃はない。戦闘用ヘルメットの中でウルの額から一筋の汗が流れ落ちた。

ウルは今までに幾度か〝先行突撃型〟と呼ばれる機体と戦場で戦った事がある。

確かに速い事は速い。だが基本的な先行突撃型と云うのは大体、どちらかの腕に小盾スモール・シールドを装備して突撃して来る物だ。そうしないとみずからの攻撃が受けきられたり、突進を止められて打ち合いになった場合、より大きな盾を備えた攻防一体の標準型に対して不利になるからである。

一振りの武器を両手で構えて『攻めに次ぐ攻め』が先行突撃型の特徴である為、攻撃を防御されて打ち合いになった場合、小なりとは云え『盾』がある、ない、では雲泥うんでいの差がある。

それを両手に剣を持ち攻撃して来るスタイルは操縦者のに余程の技量を必要とする。ウルは今の攻防でロキが尋常では無い技量の持ち主である事を実感した。

逆にロキの方も今のウルの反応を見て感心していた。自分が二激目を打ち込む前に後方に下がった反応の速さには目を見張る物があった。並みの傭兵では今の動きは即座に出来ない。であると確信出来た。

再び両者、武器を構えて間合いをジリジリと詰め始めた。白狼フェンリルは左足を前に右足を引き、左手を前に剣を斜めに構え、右手を右脇の近くに構えた。

青騎士ブルータスは先と変わらず、左に構えた盾を全面に右手の剣を引いた形だ。が、今度は唐突に青騎士ブルータスが仕掛けた。ココまで移動した時の移動方法を戦闘用に用いた〝浮動突撃フロート・ダッシュ〟と呼ばれる攻撃方法である。機体を浮かせて高速で移動し、敵の間合いで着地と同時に強力な一撃を加える方法で、本来は集団戦で片手に突撃槍を所持して行う攻撃方法だ。右手の剣を上段に振り上げて一気に落す。と、同時に地面に足を設置し安定させてを増す。

ロキは青騎士ブルータスの側面に移動する事が出来ず×字の形に剣を交差させて相手の攻撃を受け止めた。(ズシリッ)と、した重量が白狼にし掛かかった。青騎士は間髪入れずに左の盾を前に突き出す。俗に〝盾激シールド・バッシュ〟と言われる標準型の近接戦闘方法だ。さらなる二激目を喰らった白狼が後ろにたたらを踏む。

体勢を崩した白狼に追い打ちを掛けるべく、さらに青騎士は左足を前に一歩を踏み出し右手の剣を引き突きの体勢に入る。

そして、そのまま閃光の如き一撃を繰り出した。勝負ありッ!――———とはならなかった。

白狼の機体が青騎士の目の前から消えた。ウルの目には一瞬、そう見えた。だが、そうではなかった。白狼がたたらを踏んだと見えたのは、そうのだった。盾激シールド・バッシュを受けて白狼が後ろに下がった時、ロキには目の前の青騎士ブルータスが右手で突きを繰り出す体勢に入った事が見えた。そして、突きを繰り出す瞬間を狙って白狼フェンリルの右足を大きく後方に開いて姿勢を出来るだけ低くした。白狼フェンリルの頭の上を青騎士ブルータスの突きが抜け抜けて行く。同時に白狼フェンリルは高速で青騎士ブルータス右側背みぎそくはいを走り抜けた。

距離を取り、振り向いた青騎士と再び対峙する。その時、両者のコクピット内に「マスター、テスト終了です」と、云う連絡が入った。


「どうじゃい。娘共。良いデータが取れたかい?」


話しかけられたフレイアとレイラがそれぞれ頷いた。


「問題ありません。各機関、伝達、駆動、全て上手く嵌っています。間違いなく以前よりも機体性能は向上しています」


青騎士ブルータスも問題ありません。マルコさんの仕事ですから信用はしていますが、やはり、実際に動かして見ないと違和感が有る無しはわかりませんから・・・ですが、不安な箇所はありませんでした」


フレイアとレイラの答えにマルコは、うんうん。と大きく頷いた。その時、白狼フェンリル青騎士ブルータスの二機が戻って来た。両名共にコクピットから降りて来る。武器もそうだが、戦闘ヘルメットもマルコからの借り物である。二人してそれを取る。ちなみに今回はテストだった為に本来、戦闘時に着用するはずの戦闘用スーツさえ着ていない。


「ふぃ~、さすがは〝ホワイトファング〟なんて異名を付けられてるワケだな。二刀を牙になぞらえてたってワケか」


「そんな変な渾名あだなまで知っているのか?いや、俺の方こそ改めて腰を据えた戦いという物を模擬戦だが改めて実感させてもらった。だが、それ以上にウル。あんたと青騎士ブルータスの動きは俺が出会って来た中でも飛びぬけている事も良くわかった」


互いが健闘を称える。


「一応、データ取りは終わったようだが何か今後、機体に違和感でも出たら教えてくれ。じゃあ、娘つ子共は今回の部品パーツの方だけワシに渡してくれ。今後の研究に使用するのでな」


「わかりました」


二人、同時に答える。そして、ロキとウル達は機材を片づけた後、騎兵アーマー・ギアを自分達のコンバット・ホームに格納してマルコと別れの挨拶を済ませようとしたのだが、


「おいロキ、それにウルもだが、お前さん達、確か二人共、武器を手に入れたいんだったな?まぁ、ロキは今回とんでもない店に出張っちまったみたいだが、ウルも武器の補充をしたい。と、この前ウチに顔を見せた時に言っておったよな?」


「確かにそうだが・・・マルコのおやっさんでもあるのかい?」


そう疑問を呈したロキにマルコがニヤリとした笑みを浮かべた。


「丁度、昨日の事だが、ワシの知り合いがこの街に入った。〝移動武器商人モービル・ウェポン・マーチャント〟としちゃ、中々の品を仕入れる事が出来る男だ。それに自分で改造もする。もし、お前さん達さへよけりゃ紹介するぞい」


「・・・通常よりも割高・・・なんてオチじゃないだろうな?」


と。ウルがジト目でマルコを見た。


「ないない。一般流通しとる金額と同じじゃ」と、片手を振りながらマルコは答える。


「ま・・・実際に武器が必要なのは間違いないからな。今回はおやっさんの知り合いに頼むとするよ」


「仕方ねぇ。俺もそうするわ」


二人の了解を得たマルコは手を一つ叩いた。先に相手方に連絡を取り、了解が出れば直ぐに二人に連絡してくれる。と、云う事で話は落ち着いた。二人はマルコと別れた後、互いに連絡先を交換して、それぞれのコンバット・ホームホームに乗り込んで駐車場を後にした。ロキはフレイの修理の為にソレノイド専用の整備工場リペア・ファクトリーに向かわねばならない。ウル達は日用品の補充だ。

しばらくしてコンバット・ホームを運転しながらロキは助手席のフレイアに話しかけた。


「フレイア。マルコのおやっさんの話どう思う?」


「・・・はい。『質』に関しては信用出来ると思います・・・ただ・・・」


「ただ?」


「あのマルコさんのと、云うのが引っ掛かります」


ロキが頷く。


「だなぁ・・・なんかが強そうな気がする。しかも親切心だけから紹介・・・なんて事はないだろう。互いに紹介する事によって利益が出るに違いない。例えば、リベートを貰うとか情報共有する事によって得る物があるとか、はたまた、それ以外の理由があるのか・・・」


「マスター。もう一つ・・・コレが最も可能性がある気がするのですが、戦闘を通して素材の実験や兵器の実験を出来ると互いに考えているのではないでしょうか。特にそうした素材、兵器という物は、より強い戦士であればあるほど限界まで性能を引き出してくれる物ですから・・・」


「確かに。マルコのおやっさんとその知り合いって事ならあり得そうだな。後でウル達にも連絡して意見を聞いて見るか。通話番号も交換してるしな」


そうこうしている内に整備工場リペア・ファクトリーに到着した。基本的にソレノイド専用整備工場という物はどの都市にも存在する。ソレノイドと云う存在が一般市民の生活に根付いているからである。ソレノイド達は故障はし難いが、体内部品の経年劣化等による不具合は発生する。特に二世代以上前になると数十年単位で過去という事になる。彼、彼女達はとしての扱いを受ける。新しいソレノイドが販売されると、新たに購入し、今まで自分の傍で働かせて来たソレノイドを買い取り業者に売る者達も存在する。そういったソレノイド達は精密検査を受けた上で不具合がありそうな部分は修理され、今までの記憶を消去され、洗浄された後にとして新たに販売されるのだ。

こうした一連の中で修理全般を引き受けているのが今回ロキ達が来たソレノイド専用整備工場である。当然、今回の様な不測の事態が発生した場合、戦場で被害を被った場合等でも持ち込まれる。それ故に常時、複数のソレノイド達が工場内で何らかの処置を受けている。ロキがフレイアを連れて受付で手続きを済ませた後、一時間後にフレイアは精密検査を受けた。大きな損傷ではないが、中型の交換部品が10個、他にも小規模修理をする必要がある事がわかった。さらに、この際だからと修理だけではなく全体のメンテナンスも新たに受けさせる事にした。故障個所への人造皮膚スキンの張り替え等も含めて工場側からの説明後、直ぐに全工程の修理に入った。およそ6時間ほどの時間が掛かると担当修理責任者より言われたので、その間、ロキはウルに意見を聞く為に工場の駐車スペースに停めてあるコンバット・ホームに戻った。

ウルに連絡を取ると自分とフレイアの会話に彼も賛同してくれた。似た様な感想をウルも相棒のレイラも持ったらしい。

ウルとの会話を終えると、ロキはダイネットの椅子に座り〔三次元立体コンピューター〕を起動させて白狼フェンリルのデータを呼び出す。空中に浮かんだ全体像を眺めながら目を瞑って新たに取り付ける武装を考え始めた。


(左腕に取り付けたニードル・スピア・・・この前の戦いで二体撃破出来たがどうなんだろうな。割とバランサーが働いてても反動が結構あるんだよなぁ・・・外れた場合の隙も大きいしな・・・変え時か?このまま使うか・・・刀も研いでくれるぎ師も探さないと駄目だしな)


そうした事を考えていると着信音が鳴った。テーブルの上に置いてあった携帯電話ポータブル・フォンの上部の空中に番号が表示される。マルコの電話番号だった。開口一番、


「よぅ!俺だ。マルコだ。アーヴィンの奴と話がついたぜ。明日、以降ならいつでも良いから都合の良い日を教えてくれとよ。番号は ―———— だ。悪い奴じゃねぇからな。俺の紹介だと言えば話が通じる様にしてあるからよ。何かあったらこっちにも連絡くれ。じゃあな。」


と、一方的に連絡を切ってしまった。


せわしないオッサンだな・・・相手の事も、もう少しちゃんと話せよな」思わず愚痴が出た。そして、


「・・・名前はアーヴィンか・・・」と、呟いた。

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