第6話 その男、ウル

声を掛けた二つの影がゆっくりと街灯と街灯の間の暗がりの中から姿を現した。

一人はまだ十代後半と思わしい男性で、こげ茶色のジャケットに動きやすく余裕を持たせた灰色のズボン、短髪と黒髪に意思の強さを感じさせる瞳をしていた。

そして、もう一人は女性。彼の隣に並び立ち、紅梅色こうばいいろのハーフコートを来たショートカットの黒髪と黒く冷たい瞳が男達を見据えていた。


「まさか、駐車場を出て酒場に行く途中に、こんなに堂々と誰かを拉致してる犯行現場に出くわすとはな」


「マスター、いかがいたしますか?」


女性の言葉から彼女がソレノイドである事は明らかだ。しかし、その静かな声音こわねには、そこはかとなく〝怒り〟の感情が垣間見えた。


二人の登場に三人組の男達は明らかに狼狽ろうばいしていた。唐突な登場が予想外だったからだ。何よりも問題なのは車を停めている距離だった。二人と三人組の男達の間、僅か数歩の距離だが相手が何もして来ないとは思えない。

ボスと呼ばれた男は既に(このソレノイドは諦めるか・・・)と、云う考えになっていた。他人に現場を見られたと云う事だけではなく、華奢な見た目と違いソレノイドは精密部品を集めてそれをコーティングした上に、さらに衝撃に耐えうる様に幾重にも補強された存在だ。重さだけでも75キロから80キロはある。二人の手下で車に移動させる事は出来るが『逃げながら』となるとハッキリ言って不可能だ。さらに問題がもう一つ。それは車だ。ナンバーはスモーキングしてあるが自分の会社の物だ。置いて逃げれば直ぐに足が付いてしまう。この二つの問題以外にも、目の前の二人の内、男の方が先ほど⦅駐車場から出て来た⦆と言った。すると二人は足元のソレノイドが出て来たのと同じコンバット・ホーム専用駐車場から出て来た事になる。で、あれば、この男は傭兵かその類・・・荒事を得意とする輩に違いない。(どうするか)と、思わず考えたこの十秒ほどが彼にとって致命的なミスとなった。


突如として目の前の二人が申し合わせた様に動いたのだ。合図も言葉もなく動けると云う事は、余程、日頃から相棒のソレノイドが主人の事を理解していないと出来ない行動だ。攻撃された二人の部下の男達は文字通りにその場にくずおれた。もし、今の攻撃を視認する事が出来る者がいた場合、攻撃は以下の通りであった。一人は脾腹ひばらに一撃を入れられ悶絶しつつ意識を失い、一人は顎に綺麗に掌打を入れられ意識を失った。コレをまばたきき一つする間にやってのけたのだ。ボスが無事だったのは二人の背後にいたからである。彼には〝動いた〟と、云う事しか認識出来なかった。ソレほど二人の動きは速かった。

この世界の住人の基本的な足の速さは最も運動能力の高い十~二十代で100Mを十秒ほどで走る事が出来る。だが、鍛え上げられた者達は100Mを七秒、又はソレ以上で走る事が出来る。今、ボスと呼ばれていた男が目にしたのは、そうした鍛え上げられた人間の動き。そして、そうした人間達を補佐する役目を担ったソレノイドの本当の意味での動きであった。


「ま・・・待ってくれ。あ・・あんた達は勘違いしてる。お・・・俺達は〝捕獲士〟だッ!」


唐突にボスは言い放った。〝捕獲士〟とは、政府公認のである。違法に闇で流通して販売されたソレノイド達を捕獲する役目を担った者達だ。しかし、急にそんな事を言いだした男に対して、一撃で彼の手下の一人を倒した男は一瞬ポカンとなった後、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「捕獲士だと?・・・免許は持っているのかい?」


「お・・おぉ。持っているぞ。ココに・・・」


と、胸元を叩くと同時にコレ以上怪しまれない為に帽子と覆面を脱ぎ捨てた。その顔はロキが昼に出かけた武器店アーギルの主人ボリスであった。が、当然、二人にそんな事はわからない。ボリスは急いで懐から何かのパスを取りだし、男と相棒のソレノイドの前に突き出した。彼は一応、誰かに見つかる等の不測の事態を考えて三人分の捕獲士のパスをしていたのだ。二人はソレをジッと見た後、女のソレノイドは酷薄な笑みを浮かべ、男は急に笑い出した。


「ククッ!ハッハッハ。ははははッ!いや~すまん、すまん」


「な・・何がおかしいッ!」


ボリスは声を震わせながらも虚勢を張った。(何とか逃げ延びなければ・・・誤魔化さなければッ!)そうした気持ちが体全体から溢れていた。


「俺達にはそのパスが本物かどうかの区別はつかない。専門家じゃないからな。で、俺が笑った理由だけどな・・・俺達が一体からお前の達の行動を見ていたと思う?」


その言葉でさすがにボリスも気が付いた。


「ま・・・まさか、最初から俺の言葉を聞いて・・・・・・」


「その通り。俺達が駐車場を出た時、丁度、お前らがそこに転がってるソレノイドに電磁ナイフを突き刺した瞬間だったのさ。気配を立てずに暗がりからお前らを見てたってわけだ。苦し紛れの言い訳だったが無駄だったな」


(く・・・くそぉ・・・ふざけやがって・・・)


そう心の中で喚きながらボリスは歯ぎしりする。するとその時、目の前の男が急に「お?」と、云う顔になった。目線は自分の背後に注がれていた。そして、


「何をしている」


と、云う背後の声に釣られる様にボリスも振り返った。





「う・・・」


と、いう声と共に目にノイズが一瞬走りフレイアの意識は覚醒した。最初に優し気な眼差しで自分を見下ろすロキの姿が目に入った。その次に「目ぇ覚めたかい」と、言いつつ歩いて来る音と共にロキの向かい側からマルコが覗き込んで来た。自分が寝かされている事を理解したフレイアはゆっくりと体を起こす。


「マスター・・・私は一体・・・何者かに襲われた処までは記憶があるのですが」


そう言うとフレイアは自分の首から下を見た。手術の時に患者が着る患者着の様な物を着せられて手術台の様な処に乗せられている事が直ぐにわかった。マルコはいつもの作業着を着ており、周囲を見回すと様々な機具や工具が並んでおり、自分が今いる場所が以前、来た事があるマルコの作業場である事もわかった。恐らく自分をマルコが修理してくれたであろう事も理解出来た。


「マルコさんが治して下さったのですね?ありがとう御座います」


と、言いながらフレイは頭を下げた。


「良いって事よ。ソレよりも俺は騎兵アーマー・ギア整備士メカニックであってソレノイドの専門家じゃねぇからな。近いうちにソレノイド専門の工場でキチンと整備しとけよ」


「おやっさん。今回の料金は整備中の機体に上乗せしといてくれ」


「上乗せか・・・まぁ、金も良いが他の事でして貰うとするさ。ふわぁあ・・・それよりもお前に夜中に叩き起こされたせいで、もうひと眠りしなきゃならん。ワシは九時間は眠らないと寝た気がせんのでな。お前さんのコンバット・ホームホームも駐車場に停めてある事だし、今日はウチの駐車場をそのまま使うと良い」


「わかった。ありがとうよ。昼頃になったら、もう一度、礼に来させてもらうぜ。フレイア。立てるか?」


「はい。マスター」


フレイアはロキに促されて手術台の様な場所から降りた。もう一度、マルコに改めて頭を下げる。彼女はソレノイドである為に人間とは違い、応急処置ではあるが修理されて動ける以上、通常行動で体調不良に襲われる様な事は無い。フレイアが事務所で元の服装に着替えた後、マルコは二人を出口まで見送った。そして、店のシャッターを閉じるとニヤリとした悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。すると、


「さぁて。言質げんちも取ったし。忙しくなるわい」と、呟いた。


マルコの駐車場に停めてあるコンバット・ホームに戻った二人は直ぐに休む事はしなかった。ロキがフレイの疑問に答える必要があったのである。二人はそれぞれ居住区の椅子に腰かけると、ロキの方から話しかけた。


「自分がどうやって助かったのか・・・だろ?聞きたい事は」


「・・・はい」


と、フレイは伏し目がちに答えた。落ち込んでいるのは、人間をサポートするべく造られた自分が周囲の人間達に迷惑をかけた事に対して不甲斐なく考えているからであった。


「そうだな。まず、お前は確か〝何者か〟に襲われた処までは覚えているんだったな?」


「・・・はい。背後に足音を感知したので振り向いた瞬間、黒づくめの者に腹部に何かを差し込まれて・・・そこまでです」


「わかった。その直後・・・から聞いた説明をしよう」


そう言ったロキからフレイアが受けた説明は、男性とソレノイドが犯人達の行為を目撃した処からなので、およそ、フレイアが意識を無くして直ぐ。と、云う事になる。彼らが犯人達と遭遇した後の行動。ロキが酒場から駐車場に戻る時に彼らが争っている処に遭遇して、声をかけると犯人が振り向いたので、それが武器店アーギルの店主ボリスだとわかった。と、云う話を繋げて聞かせた。


「・・・そうですか。私が何かで刺された瞬間、相手は顔を隠していましたから、犯人については多くの可能性がありましたが、怨恨を持っている可能性で考えた場合は確かに彼が当て嵌まりますね。・・・ところで私を助けて下さった方はどなたでしょうか?」


「名前は〝ウル・ウルリッヒ〟と名乗っていたな。一緒にいたソレノイドは〝レイラ〟と、云う名だそうだ。職業は俺達と同じ傭兵らしい」


「ウルさんにレイラさんですか・・・お礼に行かなくては・・・ところで犯人はどうなりましたか?」


「レイラが警邏局に連絡を入れて逮捕されたよ。まぁ、連中が現場に到着した時には三人共、倒れて意識はなかったけれどな。それと礼の事だが、彼もおやっさんの処に機体アーマー・ギアを預けているそうだ。明日、見に来る。と、言っていたから直ぐに会えるぞ」その言葉を聞くとフレイアは少しうつむいた。


「・・・マスター・・・」


「なんだ?」


「今回は本当に申し訳ありませんでした。怪しげな通信が届いた時点でマスターに直ぐに連絡すべきでした」


フレイアは呟く様に申し訳なさげに言った。


「そう気にするな。俺もお前を連れて酒場に行くべきだった。軽率な行動だったと思ってる。とにかく、もう遅い。いつも通り機能をスリープにして少し休め。俺も寝る事にする」


そう言うとロキは立ち上がり、そっとフレイアの肩に手を置いた。いつにもなくロキが見せる優しさにフレイアは少し嬉しくなる気持ちが湧き上がって来た。極論を言えばでもあるソレノイドである自分を労わってくれる主人に対して感情が揺さぶられたのだ。まるで人間の様に相対してくれるロキの手の平の上にそっとフレイアも手を重ねると、薄っすらと笑みを浮かべながら、


「わかりました」と、一言、小さく返事をした。


翌日。昼を越えてもマルコの店はシャッターが開く事はなかった。だからこそロキもゆっくりと休み、静かな時間をフレイアと共に過ごした。昨日は自らの油断により罠に嵌った失態で気落ちしていたフレイアだったが、既にいつもの調子を取り戻していた。昼食を終えたロキは居住区でコーヒーを飲んでいたのだが、その時、コンバット・ホームの扉をノックする音が聞こえた。サイド・ボディに設置されているカメラ映像をモニターで確認すると、ウルとレイアが確認出来た。扉を開けると「ようっ!」とウルが勢い良く挨拶をして来た。さすがに中に二人を招くには狭すぎるのでロキはフレイアに声をかけて二人して外に出た。少し離れた場所には彼らの車両と思わしき青と白を基調としたコンバット・ホームが一台停車していた。


「一台しかコンバット・ホームが停まっていないし、今日はココに来ると聞いていたからお前さんだと思ったよ。相棒の調子はどうだい?」


「あぁ。動ける程度にはなった。今日の内にソレノイド調整機関ソレノイド・センターの方に向かおうと思ってる。改めて礼を言う。昨日は世話になった。ありがとう」


と、ロキが感謝を言うと、続いて横にいたフレイアも、頭を下げた。


「本当にお世話になりました。何があったのかはマスターから聞かせて頂きました。こうしてお会い出来る機会をお待ちしておりました」


「いや、構わねぇよ。たまたま良いタイミングであの連中の犯行現場にカチあっただけの話だからな。それよりも、彼から一体、何があったのか説明を受けたかい?」


「はい。マスターからお聞きしました。お二人によって私が助け出されたと・・・」


ウルとレイアはお互いに目線を合わせた。話の違和感に気付いたのだ。


「・・・少し違うな。俺達がのは手下までだ。事件を起こした首謀者はお前さんの主人マスターがぶっ飛ばしたんだぜ」


ウルがそう話した時、ロキは顔を少ししかめた。


「あの・・・どういう事でしょうか?」


フレイアが少し当惑気味にウルに尋ねた。


「俺達が手下の二人を倒した後、しばらくして対面に君のご主人が現れたんだ。俺達から見て対面は少し傾斜が掛かっていたからな。こちらを確認出来たのはある程度、近づいた時だな。で、君が地に伏している姿を確認出来たんだろうな。こちら側に声をかけて来たんだが、彼の方へと振り向いた犯人も間が悪かったと言うか、ドンピシャだったと言うか・・・一気に間合いを詰めて、相手の顎に掌打を見舞って昏倒させた。手下が地面に這いつくばってた状況から、俺達を敵とは見なさないでくれた事にホッとしたもんさ。信じられないくらいの速さだったからな」


「マスターなぜ黙っていたんですか?」


フレイアがロキに向かって不思議そうに尋ねたが、ロキは顔を逸らしてバツが悪そうに人差し指で頬をかいただけである。


「そりゃ、取り乱した処なんて相棒パートナーには知られたくないからさ。倒れた犯人の頭を踏みつけてトドメを刺そうとしたんで俺とレイラの二人で止めたくらいだからな。ちょっと目つきヤバかった」


ウルがフレイアに教えてもロキは黙ったままだった。フレイアはどうしたものかと戸惑ったが、ウルの相棒のレイラが助け船を出した。


「マスター、無神経にずけずけ言い過ぎです。センシティブな事柄に関してはもう少し口を慎んでください」


「はは。スマンな。ついつい揶揄からかう様な口調になってしまった。まぁ、とにかく、三人組を黙らせた後、警邏けいら局に連絡をしてな。俺とレイラで一先ず事情聴取の為に局に向かったんだ。ロキ君はソレノイド調整機関ソレノイド・センターが閉まっている時刻だったから、考えた末にマルコのおやっさんを叩き起こして応急処置を頼む為に向かった。君を預けた後に彼も警邏局に来て聴取に応じたからおやっさんの処にトンボ帰りした時刻は深夜から未明に差し掛かるくらいの時刻だったはずだ」


「確かに。私の意識が覚醒した時、時刻は朝の4時32分30秒でした」


フレイアを含めソレノイドは〝アンドロイド〟である。それ故に体内時計は時差と誤差を考慮して常に正しい時刻を理解している。機能停止に陥っている時でも致命的な損傷を受けない限り止まる事はない。これ以上、突っ込んだ話をされてフレイアとの間に微妙な空気が流れる事を嫌がったロキが話題を変えた。


「それにしても、さすがに今日は店を開けるのが遅いな・・・もう13時30分を越えてる。おやっさんは九時間は寝ないと駄目なクチらしいから無理もないか・・・それと言い忘れたが俺の事はロキと呼び捨てにしてくれて構わない」


と、ウルに言うと、ウルも


「わかった。なら、俺の事もウルと呼んでくれ。年も大して離れていないだろうしな」


と、笑顔で答えた。


ロキが「わかった」と笑みをこぼして返事をしたその時、ようやく店のシャッターの上がる音が聞こえて来た。開けたシャッターからマルコが出て来て両手を広げて「うぅん」と呻きながら息を吸い込むと、今度は天に向かって息を吐きながら伸びをした。直ぐにマルコは二人に気が付いた。


「お。ロキはともかく、ウル。お前さんも、もう来とったのか。丁度良い。お前さんらに見せたい物がある入って来い」



そして、二人と二体のソレノイドは言われるがままに中に入り、そして、絶句した。


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