第5話 罠

武器店アーギルの駐車場を出てからしばらく無言だったロキが口を開いた。


「・・・悪かったな。せっかくお前が探してくれた店なのに見積もり処か店を出ちまって」


と、前を向いてコンバット・ホームを運転しながら無表情のままロキはフレイアに話しかけた。フレイアは隣の座席でインパネ(※インストルメントパネル)の上に置いた三次元立体PCの本体端末から浮き出た空中に浮かんだキーボードを操作しながらロキの方に目線を移した。


「いえ。私はマスターの行動に従うだけですから・・・それに・・・」


「それに?」


「マスターがあのソレノイドの為におっしゃって下さっていた事を聞いて何となく嬉しく思いました」と、うっすら笑みと浮かべながら答えた。


「そう言ってくれるのは嬉しいがあくまで今回の事は俺の感情の問題さ。特に何でも〝コスト重視〟って考え方が気に入らねぇ。下手するとこの街の住人全体の特徴かも知れんがな・・・わかってはいるのさ。ボリスと名乗ったあのオッサンの言ってる事が正しいって事はな。商人なら、安い投資で大きく利益を伸ばす事を考える物だからな」


「・・・そうですね。ですが、それでも私は、無関係なソレノイドの事を気にかけて下さった事を嬉しく思います」


「そうか・・・」


と、言うと左の人差し指で頬をかいた。照れ隠しだ。フレイアはそれを横目で見てさらに笑みを深くした。彼女が一度、駐車場に戻る事を提案したので、やがて、二人は元の場所に戻って来た。ロキは運転席から後部の居住区に移動すると、ベッドに寝ころびながら手を頭の後ろに組んで何をするでもなく宙を見つめていた。フレイアはダイネットに備え付けの椅子に座り、コンピューターで他の武器商人を探し始めたのだが、ふと、ある異変を感じ取った。


「マスター。おかしいです」


「どうした?」


「この街には、あの店以外にも二件ほど武器商人が店を構えているのですが、どちらにも三十分ほど前に予約を入れたのですが、今しがた両方の店から混雑しており対応できない旨の連絡が届きました」


「・・・変だな」


「はい」


「・・・俺達がボリスの店で揉めた後、急に他の武器商人が合う事すら拒否するって事は・・・奴が何かを同業者に吹き込んだ可能性があるかも知れんな。まぁ、その程度の嫌がらせで済んだのなら可愛いもんだ」


ロキは不意に起き上がるとおもむろに「ちょっと酒場に行ってくる」と、フレイアの返事を待たずに彼女を残してコンバット・ホームから外に出てしまった。既に時刻は二十二時を超えている。この駐車場から徒歩で十分ほどの処に小規模の酒場がある。夕刻頃から営業している酒場には様々な人間達が集まって来る。一般人の中にはアパートに引き籠って最低限の収入をソレノイドに働かせて何もしない者もいるが、多くは更なる収入を求めてみずからも働くという人間がほとんどである。だからこそ、こういった場所は仕事終わりの憩いの場として遥か昔から無くなりはしなかった。貨物運転手、職人、傭兵、交易商人、プログラマー等、雑多な人間達が出入りする故に酒場はあらゆる噂話や情報が伝播でんぱする場所でもあるのだ。

ロキが酒場の扉を開けて中に入ると、仕事帰りの男達で酒場の中は賑わっていた。カウンター席とテーブル席を合わせて三十人も入れば埋まってしまう様な場所は既にテーブル席の空きが三席ほどしかなかった。ロキは手頃な席に座るとテーブルの上にあるボタンを押した。メニューが目の前の空間に表示されるとオレンジソーダを注文した。

店内を見渡すと店主らしき人間は見当たらない。只、この店のオーナーのソレノイドがカウンターに一体。店内にもう一体、立っているだけだ。だが個人経営の店には不足の事態に備えて〝管理者〟として一名以上の人間が店舗を監視する事が法律によって何処の国でも定められている物だ。店内を見まわしても、それらしい人間がいないと云う事は、恐らく奥の事務所に引き籠って店内モニターの監視でもしているのだろう。ロキは店内の喧噪の中、出された飲み物を口にしながら聞き耳を立てていた。あちらこちらから聞こえて来る会話の多くは他愛のない話だが、丁度、興味をそそられる会話を真後ろにいた二人組の男達が話し始めた。ヴィーネとアムルスの紛争の話だ。

ロキは背中ごしの会話にそしらぬ風を装いながら聞き耳を立てる。こうした雑多な場所でもある程度の会話を聞き分ける能力を彼は有していた。少しすると会話の内容から二人は知り合いで、片方の男が交易商人である事がわかった。その交易商人の男が他国からアムルスに入り商用を終え、さらに迂回してこのヴィーネに入って来た処をこの酒場でヴィーネ在住の友人と落ち合ったらしい。


「今回はヴィーネもまずいと思うぜ?アムルスの連中は本気だ。例の鉱山の権利を譲らなかったのは、本格的に軍備の増強に走りたかったからだぜ」


「こちら側と折半って条件出しても頑なに譲らなかったって話だからなぁ」


「〝アストラル鉱石〟って奴はソレほど貴重な存在だって事さな。しかもだ、今回俺がだと思ったのは、新たに傭兵として大金を積んでフェリックス・メンデルを雇ったって事さ」


「フェリックス・メンデル?誰だそりゃ?」


「知らねぇのか?ソッチ系だと割と有名な傭兵なんだぜ?まぁ傭兵って言うとちょっと語弊があるな。腕も確かなんだが、もっと有名なのはとしてさ」


「軍事参謀?」


「中世風に言うと〝軍師〟って奴だな。アイツの名前を有名にしたのは、北東部にある都市国家ロメリオと都市国家カルトスの争いさ。ソコで名を挙げた。戦争が始まってしばらくして、カルトス側が不利に働いていた最中さなかにカルトス側に一人の傭兵として雇われたんだ。ロメリオとカルトスの双方の布陣を確認したフェリックスは、その時の上官にある作戦を進言した。その上官と云うのが話のわかる人物だったらしくてな、その上官から軍の上層部に話が伝わり、彼は上層部に呼ばれて作戦会議に加わる事になったらしい。そして、最終的にフェリックスの案が取り入れられて、ロメリオ軍とカルトス軍が国境でぶつかった際、カルトス側が引いた処に余勢を駆ったロメリオ軍の一部の大隊が突出してカルトスの領土内に入り込んで来たんだ。だが、それはカルトス軍の罠だった。カルトス軍は徐々に押される振りをして、陣形を横陣形おうじんけいから鶴翼かくよくの陣形に編成していったんだ。しかも、前線にいたのは重装甲型の騎兵アーマー・ギアで、相手の攻撃にも十分持ち応えていた。そうして、ゆっくりと自領に引きながら、傭兵で構成された遊撃部隊に森を利用して左右から回り込ませて敵の大隊を後続と分断した。当然、その時に国境の城門は閉じた。背後を取った後、敵大体を包囲し、数時間の戦闘の後、敵部隊を降伏させる事に成功した。で、ロメリオ側に身代金と賠償金を認めさせただけじゃなく、その後の戦いも有利な展開に事を運び、最終的にはカルトスに勝利をもたらして、停戦条件を結ばせた。その戦の最大のになった。それがフェリックス・メンデルさ」


「へぇ~・・・でもよぉ。敵は何で大隊を追って攻め込んで来なかったんだ?しかも、フェリックスって奴は何でカルトスに留まらなかったんだ?ソレだけ戦果を出せば、好待遇で居続けられるんじゃないのか?〝市民権〟も貰えそうなもんだろ?」


「ロメリオ軍が大隊を追って入って来なかったのは、野放図に敵の陣地に入り込めば、どんな奇襲攻撃を受けるのかわからないからだよ。何の作戦も上層部の指示も無く勝手な行動を取る事は軍隊にとってはあってはならない事なのさ。その大隊の指揮官は独断専行で勝手に突っ走っちまっただけだからな。まぁ、フェリックス・メンデルが何でカルトスに留まらなかったのかって事についちゃ、普通はそう考えるよな。けどよ。紛争だの戦争だのってのは、この世界じゃ頻繁に起こっているが、一つの都市国家単位で考えると、早々、起きるもんじゃねぇのさ。新しい諍いいさかが起きるまで高額で傭兵を雇用し続けるってのはカルトスも金の無駄だと考えたんじゃねぇのかな。今もフリーで動いてるって事は勝っちまったら契約終了でオサラバになったって話じゃないかな」


「傭兵稼業は安定しないって実例なのかねぇ」


「さぁな。けど確かなのは、今回、重要なのは奴がアムルス側についたって事だ」


「・・・ヴィーネはヤバイのか?」


「相当、まずいだろうな。ヴィーネ側にもマトモな軍事参謀がいれば話は別だが・・・」


「そんな奴いるのかねぇ~この国は何百年も紛争も戦争もして来なかった国だぜ?まぁ、最悪、こちら側が負けても民間人が命まで取られる事はないだろう?《都市国家間条約》に違反する事になるからな。それにいざと云う時は急いで逃げるさ」


「そうだな。危なくなったらそうしろ。そういや話は変わるんだが・・・」


と、全く関係のない話をし始めたのでロキは意識を中断した。


(それにしても・・・〝フェリックス・メンデル〟か。確かに厄介な事になりそうだ)


ロキは頭の中で思わずそう呟いた。ロキもフェリックス・メンデルの名前は知っていた。名だたる功績を上げた人物は様々な形で耳に入って来る物だが、同じ職業の傭兵ともなれば尚更だ。「それにしても」と思う。こうして商人の噂話に出て来るのならば、既にヴィーネの上層部の耳にも入っている頃合いだろう。どう対処するのか・・・いや、果たして何も対処する気はないのか。只、彼の加入を切っ掛けに明暗がハッキリと別れるであろう事だけは確信出来た。





「もうッ!マスターったら、私が何か言う前に出て行っちゃうんだからッ!」


ロキが酒場で店内の会話に聞き耳を立てていた頃、フレイアはコンバット・ホームの中で三次元モニターとリンクしている立体キーボードの上で素早く指を動かしながら、一人、不貞腐れていた。ある程度の感情抑制をされているソレノイドとしては珍しい光景だった。傭兵と相棒パートナーを組むソレノイドの役目の中には多くの雑務も含まれる。特に大きいのは、情報の収集、整理、請求書の清算、財務管理、等など、多岐にわたる。と、その時、一通のメールが届いた。ロキ宛のメールであるが、ロキが直ぐに対応できない場合、フレイが確認する事を許されている。不測の事態が生じる場合があるからだ。


「・・・どういう事かしら・・・」


と、メールを読んだフレイは思わず困惑の表情を浮かべた。しばらくしてフレイアはコンバット・ホームからハーフ・コートを羽織って外に出た。既に時刻は夜半に入っておりロキが出て行ってから既に二時間はたっていた。フレイアが駐車場から出て来た時、少し離れた歩道近くに一台の車両が止まっていた。灯りも付けていない暗がりの車内の中には三人の男達がいた。


「・・・二人、揃ってでもなく、男の方でもなく、ソレノイドが一人で出て来たか。と、すると男は中にいねぇな」


「分断する為に警邏局けいらきょくに連絡しましたが、必要なかったですかね?」


「いや、さすがに中の状況まではわからなかったから仕方ないんじゃないか?それにどの駐車場に停めてるのかを探し出すにも時間が掛かったしな」


と、リーダーと思わしき男と残り二人がぼそぼそと車内で話をしていたが、やがて意を決した様にリーダーと思われる男が断言した。


「行くぞッ!」


「マジでやるんですか?バレたらタダじゃ済みませんよ?」


「・・・バレなきゃいいだろうが」


一人が意義を唱えたが、リーダーらしき男からドスの効いた声で言われて押し黙ってしまった。そして、彼らが乗っていた車両は、ふわり。と僅かに浮き上がるや、タイヤを平面に折り畳んだ。どの様な車両にも大概は《浮上装置リヴィテーション・デバイス》が設置されており、低音しか出ない。徐行運転をすれば、ほぼ無音である。

フレイは急いでいた。走りこそしないものの、足早に歩いていた。それは先頃、コンバット・ホームにいる時に警邏局から届いた一通のメールが原因であった。そのメールには『から窃盗による被害届が出されており、ロキに嫌疑が掛かっている旨、一両日中に出頭する様に』と、云う内容であった。なぜ、警邏局けいらきょくがこちら側に出向かないのかと言うと、微罪である事と店側からも表立って騒ぎにしたくない旨の申し出があった為だそうだ。又、警邏局側もロキが傭兵であるが故に、そんな微罪で指名手配をされたくないであろう事を理解していた。それに、もし逃亡を図っても、指名手配されればこの国から出ようとした時に国境の検問で必ず逮捕される。

フレイアは当然、ロキがその様な事をしていない事はわかっていた。何せ、ほとんどの時間を一緒に過ごしているのだ。彼がそんな事をしているわけがない。何よりもその訴えを起こして来たのは、今日、訪れたであろう事が容易に推察出来た。

普通に考えて『』この一言に尽きる。ロキは外出中であったから連絡を取ろうかとも考えたのだが、(まずは自分で容疑を確認して来よう)と、云う思いが先行した。そして、ロキに買って貰った白いハーフ・コートに袖を通すと必要な物だけをポケットに入れて外に出たのだ。既に街頭には灯りがともり、光と影のまだら模様を呈している。フレイアは警邏局への道を急ぐ。ソレノイドは半径50M以内なら如何なる音も拾う事が出来る。しかし、それは意識を集中したである。今、フレイアは目的の場所へ急いでいた。故に自らの安全に対して注意を怠っていた事が仇となってしまった。

フレイアが僅かに後ろから聞こえた足音に振り返った瞬間、ズブリッと何かが彼女の腹部に何かが突き刺さった。さらにバシュッという音と共にフレイの全身が光り、フレイは声をあげる事も出来ずにその場にくず折れた。


「・・・やった・・・やったぜ。ザマぁ見ろッ!」


黒いつなぎの服装に目鼻だけを出した覆面に帽子を被った男が吐き出す様に声を出した。リーダーの男の右手には幅広の電磁ナイフが握られていた。この電磁ナイフは握り手の部分にスイッチがあり、刃先に高圧電流を流せる仕組みになっていた。一般には流通しておらず〝裏ルート〟で流通している非合法の一品である。ソレノイドの体は例え外部から高圧電流を浴びようと通さない。無傷である。しかし、体内の部品は重要な場所以外は影響を受ける。それ故にこの男はフレイにナイフを突き刺して、体内に高圧電流を流したのだ。男は倒れたまま動かないフレイの頭を二度、三度と蹴りつけた後、最後に足で踏みつけた。


「人間様の力を思い知ったかッ!あぁンッ!!あのガキも気に入らなかったが、何よりも気にいらねぇのは奴の後ろでこっちを見ていたお前の目だッ!まるでゴミを見る様な目つきで見て来やがってッ!!」


「しっー!ボス!声が大きいですよ!」


「ボス。そろそろ引き上げましょう。誰が来るとも限らねぇ」


そう二人の男から言われて、ようやくボスと言われた男は落ち着いた。


「そうだな・・・俺とした事がついつい熱くなっちまった。へッ見てろよ。人造皮膚スキンを引っぺがして〝闇ルート〟に流してやる。そうすりゃ、あのガキも探し出す事は不可能だ。シリアル・ナンバーも消しちまうからな」


「ほぉ・・・面白い事を話しているな」


いきなり聞こえたの声に三人の男達は愕然と振り返った。そして、街灯に照らし出された中に二つの影を見て取った。



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