第4話 ソレノイド

「マスター・・・そろそろ起きて下さい。マスター・・・」


フレイアの呼びかけでロキは目を開くと直ぐにベッドから起きた。いざと云う時、直ぐに行動に移せる様に寝起きは良い。フレイは寝ざめ様に珈琲コーヒーメーカーで作った珈琲をロキの為にダイネットに運んだのだが、ロキがジッと自分を見詰めている事に気が付いた。


「どうかないさましたか?マスター?」


「いや・・・《性感帯》システムって良いな。と、思ってな」


唐突なロキの言葉にフレイアは正しく目が点の状態になった。が、直ぐに何の事を言っているのか察して頬を赤らめながら


「真顔で朝っぱらからアホな事を言い出さないで下さい!」と、ロキに注意した。


「うん。頬を赤らめる《羞恥心》システムも素晴らしい。お前達ソレノイドは人類の英知の結晶だよ」と、一人、うんうんと頷きながら納得し出した物だから、フレイは「はぁ・・・」と、呆れた様に思わずため息を漏らした。


「全く・・・夜のを思い出してニヤニヤしてないで、早く支度をして下さい。この街の武器商店にアーギルという店がありましたので既に予約を入れておきました」


「そういや、武器を見繕いに行くんだったな。手頃なブツがあれば良いんだが」


等など、会話をしながら、フレイアは事前に用意して於いたサンドウィッチを珈琲の横に並べる。何から何まで気が付くソレノイドだった。朝食を終えると二人は早速コンバット・ホームを操縦してくだんの武器屋に向かう為に駐車場を出た。


「確か予約した店はマルコのおやっさんとは違ってこの街にしている武器屋だったよな」


「はい。マルコさんは各地を移動している移動型整備業ですが、アーギルのオーナーであるボリス氏はこの街に二十年以上前からお店を出されています」


フレイアが来訪を予約した武器店は今、出て来たばかりの駐車場を右折して、道なりに真っすぐ進ませた場所にあった。街の中央から見れば、丁度、南端にあたる場所だ。火器等も取り扱う故にビルや住宅等が密集した地域から離れた場所に店を構えているらしかった。店の前はコンバット・ホーム専用の広い駐車場が備えてあり、五台は停められる仕様になっていた。駐車場に先客は無く、コンバット・ホームを停めた後、ロキとフレイは開け放たれたシャッターから作業音が響いて来る工場内に入って行った。

入ると同時に「いらっしゃいませ」と、一体のが近づいて来た。

そう。それは正しくと言える存在だった。

見た目はヒト型である。だが外装はメタリックに艶がかっており、動きも滑らか、見た目は男性型である事がわかるが、生殖器を模した物は取り外されていた。

ロキの目に何よりも奇異に映ったのは、この応対に現れたロボットは明らかに人工皮膚スキンが取り外された《ソレノイド》である事実だった。ロキは対応に現れたソレノイドから目を離して工場内を見まわした。

中には二台ほどの騎兵アーマー・ギアが中央のデッキに自立した状態で両脇から固定させてあり、肩や腕部等に様々な装備を施している途中であった。

人間とおぼしい灰色の作業着を着た二人が二台の機兵に一名づつ就いているのだが、その補助をしているのは、ロキとフレイアの応対をした者と同様のメタリックな外装を露わにしたままのソレノイドが二体づつ補助に就いて働いていた。


「店主はいるかい?事前に予約しておいたロキというものだが」


と、視線を戻して応対したソレノイドに話しかけると「少々お待ちくださいませ」と、答えた後、工場内の左奥の一区画にあるプレハブ小屋の様な処に入って行った。しばらくすると、50~60代とおぼしき茶色の作業着を着た小太りぎみの男がのっしのっしと近づいて来た。178センチあるロキよりも10センチほど低いその男はロキの手前で足を止めて、


「奥の部屋へ来てくださいや」


と、ぶっきら棒に言った。そのまま男について行きプレハブ小屋に入ると、ソコは事務所兼、応接間らしかった。広さは余りなく事務所の中央に机が五台、それと各、机上に立体表示パーソナル・コンピュータと乱雑に積み上げられた書類らしき物がそれぞれの机に置かれていた。奥はパテーションで区切ってあり、商談スペースとして設けられている様で、男は立ち止まる事なくその場所に入って行った。そのままついて行くと、中心にある木製のテーブルを挟んで、ソファーが二つ。長椅子タイプと一人掛け用の物が対面に置いてあり、男は一人用の椅子に腰かけながら「どうぞ」とロキ達にも座る様に促した。ロキは腰かけたがフレイは席に座らずにロキの背後に立った。ロキの背後に不審者が立てぬ様にという配慮と不測の事態が生じた時に直ぐに身動き可能な用心である。


「店主のボリスさんかい?」ロキはぶっきら棒に聞いた。


「えぇ。私がボリスです。商談予約されていたロキさん・・・ですかね?」


「あぁ。そうだよ。ところで商談に入る前にちょっと気になる事を聞いてもいいかい?」


「なんですかい?」


「俺の応対に出てくれたソレノイドもそうだが、この工場のソレノイド達はなぜ人工皮膚スキンをしてないんだ?」


「あぁ。ソレですかい。そりゃ~まぁ、一言で言うとウチの連中はだからですよ」


所謂いわゆる、ソレノイドでと、云われる者達は、以前、何処かで使われていたか、何らかの理由で市場に出回る事のなかった物達を指していた。


「中古か・・・だからと言って丸裸ってのはおかしくはないか?」


そう言うと、ボリスは急に憮然ぶぜんとした表情になった。


「お客さん・・・妙な事を気にしなすね。ウチの物に皮が付いて様が裸だろうが、お客さんには何一つ関係のねぇ事でしょうが?あんたウチに商談に来なすったんじゃねぇんですかい?」ボリスの声には苛立ちの様な物が混じった。


「・・・そのつもりだったんだがな。この中に入って、ちょっと気が変って来たところだ」


「どういう事ですかい?」


「俺にとってソレノイドは最も信頼する相棒だ。まぁ、大抵の傭兵にとってはそうだと思う。だからこそ意見を尊重するし、粗雑に扱う事はない。だが、ここのソレノイド達は逆の事がやられてる気がするんだよ」


「・・・どうも私がウチの連中を粗末に扱っていると言いたい様ですな。そりゃとんでもない誤解ですぜ」


「誤解?」


「さっきも言ったでしょう。ウチの連中はだって。元々、人造皮膚ガワはついてなかったんですよ。半分は初期不良で業者に流れて来た物。半分は五世代も前の廃棄寸前の物を引き取っただけですよ。どちらもキチンと修理してやれば使えますからね。むしろ、私は再利用してるの人間ですよ」


「なるほど。あんたの言う通りなら確かにアンタが物を大切にする。と、云う事は信じるよ。人として大事な事だと思う。じゃあ、何で大切にしているのなら、尚更、人造皮膚スキンを着せないんだ?人間だって裸のままじゃ嫌だろう」


すると、店主のボリスは口をへの字に曲げてつぐんだ。その様子にロキはある事に気が付いた。


「・・・ボリスさん。アンタもしかして、中古のソレノイドを購入した事も人造皮膚スキンを付けない事も〝コスト〟を削減したいが為にした事じゃないのか?」


その一言でボリスは黙るのを通り越してロキを睨みつける様な目線を寄越して来た。


「・・・だとしたら、どうだって言うんだい?」と、急にボリスはぞんざいな口調で話し始めた。


「ワシは何の法を犯したワケでもねぇやな。少ない投資でより多くの儲けをあげる為に出来るだけの事をワシなりにやってるだけだ。アカの他人に何でどーこう言われなきゃならねーんだ?」


「俺は自分が納得して信頼できる相手としか取引はしない主義だ。アンタの〝コスト〟重視のやり方は俺とは合わないって事だよ」その豹変した口調と態度にロキも本心をあらわにする。但し怒りを滲ませるボリスとは違いあくまでも冷静な口調で。


ロキは静かに椅子から立ち上がると「手間を取らせて悪かったな」と、だけ言い残して背を見せた。その後にロキが着席してからずっと黙ったまま背後に立っていたフレイアも続く。簡易的な応接間から出て行く時、最初に対応してくれたソレノイドが盆に飲み物を乗せてこちらに歩いて来る処だった。ロキは片手を挙げて「邪魔したな」と笑みを浮かべて去って行った。ロキ達が出て行った後にのっそりとボリスが出て来て工場内からロキが出て行ったのを見計らうと憤怒の表情を浮かべながら、


「ふざけんなッ!あの野郎ッ!!」と、激高しながら叫んだ。


叫んだ後に振り返ると盆を持って立ったままのソレノイドが目に入った。いきなり腹部に蹴りを見舞った。盆に乗せていたカップや飲み物が辺りに散乱する。完全に八つ当たりだ。

騎兵アーマー・ギアに武器を取り付けていた人間の従業員達がその光景に驚いて、補助をしていたソレノイド達に仕事を任せて近づいて来た。


「・・・どうしたんです?」と、恐る恐る話しかけてくる従業員達には目もくれず、ロキ達が出て行った開け放ってあるシャッターの方向を見ながら、


「あの野郎、何が商談だッ!只、テメエの不満をぶち撒けただけじゃねぇかッ!」


と、感情を爆発させた後、辺り一面に散らばったカップを文句一つ言わずに片づけるソレノイドを睨みつつ「覚えてろよ」と、呪詛の如く呟いた。

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