第2話 整備屋マルコ
〝アヴェリア平原〟一体には轟音が鳴り響いていたが、今は次第に静寂を取り戻しつつあった。平原とは逆向きに停めてあった移動式小型格納車であるコンバット・ホームが荷台に二足歩行の
「フレイアッ!俺は先に引くから、お前のご主人には無理すんなッ!って伝えといてくれや」と、近くにあった、もう一台のコンバット・ホームの
フレイアと呼ばれた女性は身じろぎ一つせずに無表情で平原を見つめ続ける。彼女の
「フレイア入れるぞッ!直ぐに発進だッ!」と、云う声が聞こえて来た。
「はいッ!マスターッ!」と、無表情から一転、元気よく返事をした彼女は、既に解放された後部ハッチ内にある
「よし、問題なし。発進だッ!」との声を聞くが早いか直ぐに彼女はコンバットホームを発進させた。
通常、モーター・ホームには三種類の
通常のモーター・ホームとコンバット・ホームの違いは居住スペースと格納スペース、それに加えて車両に武装が施されているかどうかの違いがある。
大きさは様々で、単に旅行目的のタイプのモーター・ホームは車幅1・5M~2M、高さ2~4M、長さ6~15Mほどだが〝
しばらくすると、運転席の背後にある居住スペースのドアが開いて十代の面影を残した若々しい青年が、運転する女性の左側にある助手席に座った。男性は首周りにタオルを引っかけており、それで汗を拭いていた。
「お疲れ様です。マスター。お怪我はありませんか?」と、フレイアと呼ばれた女性は横目でその男性を確認した。
「あぁ。俺は大丈夫だ・・・俺はな」
「?・・・と、すると、もしかして機体の方に大きな損傷でも?」
「今、機体を簡易スキャンに掛けてるが、乱戦の最中に左腕を切り付けられたのが気になる。それに加えて、上半身の装甲は相当に削られたはずだし、何より手首の動きが鈍い。
「・・・そうすると、マルコさんの出番でしょうか?」
「だな。おやっさんからも一週間前にヴィーネに入るって連絡が来てたしな。店にはどのみち、ひと戦闘終わったら点検に出さなきゃいけなかった処だ。フレイ。このままリュゼルの街を素通りして、おやっさんが入ったガーゼルまで飛ばしてくれ」
「わかりました」
言われた通りにフレイアはアクセルを吹かした。やがて、田園地帯が広がる人口二万人ほどの街、リュゼルの街路に到着したが、そのまま通りを抜けて二時間ほど走り続けた。やがて、辺り一面、荒野に道が走っている様な光景になり、ポツポツと灯りが見え始めた。時刻は既に夕暮れから夜に切り替わろうとしていた。
通常の街だと、この時刻になると商店は締りはじめ、開いているのはBARか風俗関係の店になる。当然、働いているのは〝ソレノイド〟と呼ばれるアンドロイド達であり、店に来るのは人間であり最高の接客を行う。
だが、そういった夜の店、特有の閑散とした中にある
街中に入ると、所々から鋼を打つ音や機械音が聞こえて来る。この街は全体が工業で成り立っている《工業地区》とでも言うべき街なのであった。
特にココ最近では、隣の都市国家との間に争いが発生したおかげで、昼夜問わずに開けている店が多い。もちろん、基本的に働くのは工作機械であり〝ソレノイド〟達であるが、店のオーナーや従業員達も人間が多数働いている。戦闘車両や
簡単に言えば、歯車を設計図通りに制作しても、歯車同士を組み合わせた時に上手く回転しない場合がある。ソレは《遊び》と呼ばれる部分が無いからである。歯車同士が上手く回転する為には、程よい隙間である《遊び》と呼ばれる削りが必要となり、ソレは設計図通りには行かない事案でもある。最後は人の技術や確認が必要な状況は数千年前から現在に至るまで変わらないのだった。
フレイアが運転する車両は、やがて大通りを抜けて街の西の端にたどり着いた。広い敷地に年季の入った外見の
二人が中に入ると、右側の壁沿いには間隔を開けて台座に固定された三台の
プレハブ小屋の中で三人が修理中の
「よう。おやっさん。元気でやってるか?」と、親し気に声をかけて来た青年に、一瞬、キョトンとした表情を浮かべた三人だったが、真ん中にいた初老の男性が直ぐに破顔して笑みを浮かべた。
「あたりめぇだ。お前こそ、どうやら無傷だったみたいだな。ロキ。戦場で働き過ぎて白髪が増えたんじゃねぇか?」
「うるせぇよ。俺の白髪は生まれつきだ」
お互いに憎まれ口を叩き合った後にロキと呼ばれた青年の後ろに控える女性を見て、
「おう。ロボ
ロキの背後に控える女性。フレイアも口元に苦笑を浮かべながら「私はロボ娘ではありません。フレイアと云う名をマスターより与えられております。マルコさん」と、殊更、自分の名前を強調してやり返した。
「ほっほ。お前さん、どんどんボキャブラリーが増えて、益々、人間っぽくなって来たな。所で、今日は二人して無事に帰還したからって挨拶に来たわけじゃあるまい?要修理って処か?」
「さすがに察しがいいな。けど、見た処、今、三台ほどメンテ中なんだろ?いけるのかい?」
「構わんよ。ホレ、左側に、さらに三台ほどメンテ台が空いとるだろ。お前さんみたいな飛び込みの為に空けてあるのよ」
「なるほどな。一応、移動中に機体の『簡易スキャン』は済ませてるからデータの確認なら直ぐに出来るぜ。中に
「おう。相変わらず手際が良いな。歩行が可能ならシャッター全開にするから、そのまま搬入してくれ」
ロキとフレイアはコンバット・ホームに戻ると、荷台を開けて
ロキからおやっさんと呼ばれたマルコは、工場内に入って来たフレイからデータ・チップを受け取ると、台座と連結させた〔三次元コンピュータ〕にデータ・チップを挿入した。すると、小さな箱型のコンピューターの上部に
「そうさな・・・ざっと見た処、左腕は手首の部分の
「わかった。後で見積もり出してくれ。大体、幾らくらい掛かりそうだい?」
「そうだな。今わかっている部分にある程度プラスして百万から百五十万ディラーって処か」
「マジかよ・・・結構行くな~」
「・・・と、言いたい処だが、実はお前さんに良い話がある。今度、ウチで販売する新しい
「いやぁ~こうして見ると良い機体だよなぁ。お前さんの
「まぁ、そう言うなって。あらゆる〝耐久テスト〟は既にこなしてる。新商品のデータを組み込んだ
「普通、一般企業の《実践テスト》ってのは、企業が金を払ってやるもんだと思ってたけどな」
「・・・」
「・・・・・・・・」
双方しばらくの無言が続いた後、マルコが根負けした様に「・・・幾ら値引きしたらやる?」と、ため息交じりに聞いた。ロキは腕組みをしながら左手の人差し指と中指でVの形を作った。
「更に二万引きって事か?」
「違う。二十万だよッ!」
「おい!ちょっと待て、ソレだけ引いたら、今回は値引き処か赤が出るじゃねぇかッ!」
「そもそも、パーツの〝耐久テスト〟も実戦での耐久テストも本来は金を払ってやるんだから多少の赤字でも良いだろうがッ!」
「ふざけんなッ!五万ッ!ソレ以上は引けねぇッ!」
「何言ってんだ。そんな値段で引き受けられるかッ!大負けに負けて二十万だッ!」
「七万!コレ以上は無理ッ!無理だぁッッ!」
「ふぅ~・・・人の足元みやがってコノヤロウ」と、ハァハァと息を乱しながら言い放つマルコとは正反対に、息一つ乱さずにロキが「ソレはお互い様だろ。こっちは値引きだけで対応するんだからな」と、やり返した。
「で、話は戻るが、疑うわけじゃないが、現実の〝耐久テスト〟は何時間こなした?ソレだけは確認しておく必要があるぜ」
「ざっと4470時間だ。摩耗も亀裂も全く無しだ」と、マルコが憮然とした表情で答えた。
「・・・わかった。信用しよう。済まなかったな・・・」と、ロキは謝罪を口にした。
マルコも一つため息をついてから、「いんや。
そう言うと、マルコはロキに向かってニヤリと口の端を釣り上げた。ロキも同じく口元に笑みを浮かべた。そこにあったのはプロとしての互いの矜持と見えない信頼であった。
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