第2話 整備屋マルコ

〝アヴェリア平原〟一体には轟音が鳴り響いていたが、今は次第に静寂を取り戻しつつあった。平原とは逆向きに停めてあった移動式小型格納車であるコンバット・ホームが荷台に二足歩行の騎兵アーマー・ギアを格納し終えると、運転席の窓から一人の壮年の男性が顔を出した。


「フレイアッ!俺は先に引くから、お前のご主人には無理すんなッ!って伝えといてくれや」と、近くにあった、もう一台のコンバット・ホームのそばに立って平原を眺めていた純白の髪色をしたショートカットの女性に大声を掛けると、彼女の返事を聞く前に、サッサと車両を動かして走り去ってしまった。女性は顔の向きを変えずに無表情に目線だけでソレを追ったが直ぐに元の状態に戻した。


フレイアと呼ばれた女性は身じろぎ一つせずに無表情で平原を見つめ続ける。彼女の紅色べにいろの瞳は一体、何を映しているのか・・・しばらくすると、急にハッとした様子で自信の傍にあったコンバット・ホームの運転席に掛け上がると、後部ハッチを開けるボタンを押した。ソレと時を同じくする様に平原の方から土煙を蹴立てながら〝イオン・クラフト効果〟と推進力で地面から浮きあがった状態の一機の騎兵アーマー・ギアが凄い速さで近づいて来た。直ぐに彼女が左耳に装着している送受信できる通信機に


「フレイア入れるぞッ!直ぐに発進だッ!」と、云う声が聞こえて来た。


「はいッ!マスターッ!」と、無表情から一転、元気よく返事をした彼女は、既に解放された後部ハッチ内にある格納部ハンガーのリフト・アップ・スイッチを押す。格納部は直ぐに斜めの状態に展開した。間もなく六mを超える〔甲冑〕を身に纏った様な二足歩行の騎兵アーマー・ギアが、車両の後部に急制動をかけて到着した。辺りにはもうもうと埃が舞い上がったが、当然の様に気にする事もなくリフト・アップされた荷台に機体が寝転ぶ形になった。荷台のシャフトが下がりながら車体と平行になると、後部に引き込む形で格納し終えた。フレイアは後部モニターと車内モニターで確認しながらハッチを締めた。


「よし、問題なし。発進だッ!」との声を聞くが早いか直ぐに彼女はコンバットホームを発進させた。

通常、モーター・ホームには三種類のタイプが存在する。所謂いわゆる、長期の旅行等を想定した住居としてのタイプ、移動式の住居と何らかの商用の店舗を兼ねたタイプ、そして、彼女が今、操っている後部に〝騎兵アーマー・ギア〟等の兵器を積んだ移動式戦闘車両とでも言うべきコンバット・ホームと言われるタイプだ。

通常のモーター・ホームとコンバット・ホームの違いは居住スペースと格納スペース、それに加えて車両に武装が施されているかどうかの違いがある。

大きさは様々で、単に旅行目的のタイプのモーター・ホームは車幅1・5M~2M、高さ2~4M、長さ6~15Mほどだが〝機兵アーマー・ギア〟を搭載する様なコンバット・ホームになると、通常よりも大きなタイプになる。運転席から後方格納部までを入れた場合、車幅5M~7M、高さ4M~7M、長さ15M~25M前後、程にもなる。当然、ソレに伴って各・都市国家の道路幅も広く作られている。

しばらくすると、運転席の背後にある居住スペースのドアが開いて十代の面影を残した若々しい青年が、運転する女性の左側にある助手席に座った。男性は首周りにタオルを引っかけており、それで汗を拭いていた。


「お疲れ様です。マスター。お怪我はありませんか?」と、フレイアと呼ばれた女性は横目でその男性を確認した。


「あぁ。俺は大丈夫だ・・・俺はな」


「?・・・と、すると、もしかして機体の方に大きな損傷でも?」


「今、機体を簡易スキャンに掛けてるが、乱戦の最中に左腕を切り付けられたのが気になる。それに加えて、上半身の装甲は相当に削られたはずだし、何より手首の動きが鈍い。ショックショック・アブソーバー辺りに問題が発生してる可能性がある。後は胸部の装甲だな。見た目以上に中にダメージが来てるはずだ。下半身は大した事ないだろう」


「・・・そうすると、マルコさんの出番でしょうか?」


「だな。おやっさんからも一週間前にヴィーネに入るって連絡が来てたしな。店にはどのみち、ひと戦闘終わったら点検に出さなきゃいけなかった処だ。フレイ。このままリュゼルの街を素通りして、おやっさんが入ったガーゼルまで飛ばしてくれ」


「わかりました」


言われた通りにフレイアはアクセルを吹かした。やがて、田園地帯が広がる人口二万人ほどの街、リュゼルの街路に到着したが、そのまま通りを抜けて二時間ほど走り続けた。やがて、辺り一面、荒野に道が走っている様な光景になり、ポツポツと灯りが見え始めた。時刻は既に夕暮れから夜に切り替わろうとしていた。

通常の街だと、この時刻になると商店は締りはじめ、開いているのはBARか風俗関係の店になる。当然、働いているのは〝ソレノイド〟と呼ばれるアンドロイド達であり、店に来るのは人間でありを行う。

だが、そういった夜の店、特有の閑散とした中にあるまばららな灯りではなく、彼らのコンバット・ホームが近づくに連れて、ガーゼルの街は灯りの数が増して行った。

街中に入ると、所々から鋼を打つ音や機械音が聞こえて来る。この街は全体が工業で成り立っている《工業地区》とでも言うべき街なのであった。

特にココ最近では、隣の都市国家との間に争いが発生したおかげで、昼夜問わずに開けている店が多い。もちろん、基本的に働くのは工作機械であり〝ソレノイド〟達であるが、店のオーナーや従業員達も人間が多数働いている。戦闘車両や騎兵アーマー・ギア等の修理計画、改造計画や管理業務は人間達が行う必要がある。又、細部の工程に至ると、やはり、ベテランの『職人マエストロ』の技術が必要となる。

簡単に言えば、歯車を設計図通りに制作しても、歯車同士を組み合わせた時に上手く回転しない場合がある。ソレは《遊び》と呼ばれる部分が無いからである。歯車同士が上手く回転する為には、程よい隙間である《遊び》と呼ばれるが必要となり、ソレは設計図通りには行かない事案でもある。最後は人の技術や確認が必要な状況は数千年前から現在に至るまで変わらないのだった。


フレイアが運転する車両は、やがて大通りを抜けて街の西の端にたどり着いた。広い敷地にの入った外見の工場ファクトリーと思わしき建物があり、その手前の一角にコンバット・ホームを停車させた。二人して建物に近づいて行くとシャッターは半ば開いており、灯りが漏れ出ていた。中からは機械の作動音が響いて来ている。

二人が中に入ると、右側の壁沿いには間隔を開けて台座に固定された三台の騎兵アーマー・ギアに、それぞれ五名づつが付いて忙しく作業していた。お揃いの作業着を着ていたが、一台につき一名、色違いの作業着を着ている者達がいる。ソレが恐らくなのだろう。反対側の左の壁側には、三台分の空きの台座が存在していた。音が引っ切り無しに鳴って反響している建物内の中心には小さな四角いプレハブ小屋があり、二人はその場所に向かって歩き始めた。窓ガラスを覗くと作業机の上に何かの図面を広げて三人ほどが何かを話し合っていた。


プレハブ小屋の中で三人が修理中の騎兵アーマー・ギアについて話し合っていた時、ノックがして全員の目が扉に注がれたが、返事を待たずに入って来た者達がいた。


「よう。おやっさん。元気でやってるか?」と、親し気に声をかけて来た青年に、一瞬、キョトンとした表情を浮かべた三人だったが、真ん中にいた初老の男性が直ぐに破顔して笑みを浮かべた。


「あたりめぇだ。お前こそ、どうやら無傷だったみたいだな。ロキ。戦場で働き過ぎて白髪が増えたんじゃねぇか?」


「うるせぇよ。俺の白髪は生まれつきだ」


お互いに憎まれ口を叩き合った後にロキと呼ばれた青年の後ろに控える女性を見て、


「おう。ロボも無事だったか。何より、何より」


ロキの背後に控える女性。フレイアも口元に苦笑を浮かべながら「私はロボ娘ではありません。と云う名をマスターより与えられております。マルコさん」と、殊更、自分の名前を強調してやり返した。


「ほっほ。お前さん、どんどんボキャブラリーが増えて、益々、人間っぽくなって来たな。所で、今日は二人して無事に帰還したからって挨拶に来たわけじゃあるまい?要修理って処か?」


「さすがに察しがいいな。けど、見た処、今、三台ほどメンテ中なんだろ?いけるのかい?」


「構わんよ。ホレ、左側に、さらに三台ほどメンテ台が空いとるだろ。お前さんみたいなの為に空けてあるのよ」


「なるほどな。一応、移動中に機体の『簡易スキャン』は済ませてるからデータの確認なら直ぐに出来るぜ。中に騎兵アーマー・ギア入れても大丈夫かい?」


「おう。相変わらず手際が良いな。歩行が可能ならシャッター全開にするから、そのまま搬入してくれ」


ロキとフレイアはコンバット・ホームに戻ると、荷台を開けて騎兵アーマー・ギアを降ろした。そして、そのままロキが操縦して工場内にアーマー・ギアを入れると作業員の指示に従いリフト・アップされた台座に寝かせた。

ロキからと呼ばれたマルコは、工場内に入って来たフレイからデータ・チップを受け取ると、台座と連結させた〔三次元コンピュータ〕にデータ・チップを挿入した。すると、小さな箱型のコンピューターの上部に騎兵アーマー・ギアの内部構造を立体的に表示したモデルが浮き上がった。ソレを食い入るように見つめながら、ボール・マウスで像を様々な角度に動かしながら確認作業を繰り返した。しばらくすると騎兵アーマー・ギアの胸部ハッチを開けて降りて来たロキから「どうだい?おやっさん」と、声を掛けられると、マルコは右手の人差し指でコメカミをかきながら、


「そうさな・・・ざっと見た処、左腕は手首の部分のショックショック・アブソーバーに亀裂が入ってる。胸部も傷んでる部分が相当あるな。外部装甲ガワも交換の必要がある。見た目の傷以上にほとんど耐久性が無くなってる可能性がある。只、胸部に埋め込まれてる〔アストラル・コア〕事態に損傷は無さそうだ・・・腰部のエンジンも無事だな・・・今、言えるのはこの程度だ。後は、もう一度、完全走査フル・スキャンで確認してからだな」


「わかった。後で見積もり出してくれ。大体、幾らくらい掛かりそうだい?」


「そうだな。今わかっている部分にある程度プラスして百万から百五十万ディラーって処か」


「マジかよ・・・結構行くな~」


「・・・と、言いたい処だが、実はお前さんに良い話がある。今度、ウチで販売する新しいショックショック・アブソーバーがあるんだが、ソレに付け替えて見ないか?もし、了解してくれたら五万は値引きするぞ」そう言われたロキはジトッと横目でマルコを見ながら「俺の機体を実験台にしようって事かい?」と、聞いた。マルコはロキの問いかけをはぐらかす様に、


「いやぁ~こうして見ると良い機体だよなぁ。お前さんの騎兵アーマー・ギア。オーダーメイドって話だが、お前さんの真っ白な髪の毛とソックリな真っ白な機体だからなぁ。所々に黒い色が入っているのも良い。見栄えするよ。うんうん」と、良くわからない持ち上げ方をした後に咳ばらいを一つして、


「まぁ、そう言うなって。あらゆる〝耐久テスト〟は既にこなしてる。新商品のデータを組み込んだ仮想戦闘バーチャル・バトルテストも終了した。品質に於ける最高規格の『V5』証明だって取れると俺は思ってる。後、足りないのは《実践テスト》だけなんだよ」


「普通、一般企業の《実践テスト》ってのは、企業がやるもんだと思ってたけどな」


「・・・」


「・・・・・・・・」


双方しばらくの無言が続いた後、マルコが根負けした様に「・・・幾ら値引きしたらやる?」と、ため息交じりに聞いた。ロキは腕組みをしながら左手の人差し指と中指でVの形を作った。


「更に二万引きって事か?」


「違う。二十万だよッ!」


「おい!ちょっと待て、ソレだけ引いたら、今回は値引き処か赤が出るじゃねぇかッ!」


「そもそも、パーツの〝耐久テスト〟も実戦での耐久テストも本来は金を払ってやるんだから多少の赤字でも良いだろうがッ!」


「ふざけんなッ!五万ッ!ソレ以上は引けねぇッ!」


「何言ってんだ。そんな値段で引き受けられるかッ!大負けに負けて二十万だッ!」


「七万!コレ以上は無理ッ!無理だぁッッ!」


およそ不毛な争いを大声で続ける二人を後ろから眺めていたフレイアは「はぁ・・・」と、妙にため息をついたのだった。結局、十分ほど言い争った結果、13万5500ディラーで決着がついた。


「ふぅ~・・・人の足元みやがってコノヤロウ」と、ハァハァと息を乱しながら言い放つマルコとは正反対に、息一つ乱さずにロキが「ソレはお互い様だろ。こっちは値引きだけで対応するんだからな」と、やり返した。


「で、話は戻るが、疑うわけじゃないが、現実の〝耐久テスト〟は何時間こなした?ソレだけは確認しておく必要があるぜ」


「ざっと4470時間だ。摩耗も亀裂も全く無しだ」と、マルコが憮然とした表情で答えた。


「・・・わかった。信用しよう。済まなかったな・・・」と、ロキは謝罪を口にした。


マルコも一つため息をついてから、「いんや。騎兵アーマー・ギア搭乗者パイロットとしちゃ、聞いておくのが当たり前だ。逆に相手の言うがままに、良くわからねぇ部品パーツを積んでいくさに出りゃ、二度と帰って来る事が出来無くなるかも知れねぇ」


そう言うと、マルコはロキに向かってニヤリと口の端を釣り上げた。ロキも同じく口元に笑みを浮かべた。そこにあったのはとしての互いの矜持と見えない信頼であった。

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