第12話 霹靂

勘太郎、備前長船只克に礼を言って、太刀を手渡した。

備前長船只克、驚いた表情をしている。

『眞鍋様。

なんとなくですが、太刀が重くなっているような。』

大刀とは、鋼と呼ばれる鉄を高温の炎で真っ赤になるまで熱した後、金槌で叩いて形を作っている。

つまり、現代で言うところの鍛造鋼鉄製。

そんな物の質量が変わるような状況ではない。

備前長船只克が驚くのも無理からぬこと。

ましてや板垣宮司の驚きは。

『眞鍋様。

私の常識では、はかりしれない現象でございます。』

勘太郎にしてみれば、至極簡単。

『刀身に大吉備津彦命様が宿ってくださったとご理解下さい。』

これには、藤岡と定岡と正田も驚いた。

『警視正。

超常現象でもないですよね。』

当たり前である。

『信仰心を煽っただけですよ。』

なんのことはない。

信じる者は皆救われる。

あれである。

勘太郎は、それを煽っただけという。

しかし、備前長船只克と板垣宮司は、ありがたそうにうやうやしく大刀を本殿に奉納している。

それで良いと勘太郎は思う。

それでこそ、大吉備津彦命信仰の頂点に立つ者として安心できる。

そんなこんなで、大吉備津彦神社を後にして、ジーンズストリートに向かう。

倉敷ジーンズストリート。

日本のジーンズは、ここから始まった。

この地方では、良質の綿花が取れた。

岡山県倉敷市、たとえ瀬戸内海とは言え、海沿いの町。

まずは、帆布の生地を織り始めた。

したがって、学生服、軍服等も盛んに作られた。

勘太郎一行がジーンズミュージアムに近づいた時、ミュージアム前では人だかりになっている。

定岡が、走って様子を見に行って、息を切らせて戻ってきた。

『テレビの旅行番組のロケみたいです。

なんでも、有名な女優さんが来てはるらしいんです。』

『まさか。』

勘太郎と佐武は一瞬吹き出しそうになっていた。

定岡は、興奮気味に藤岡に報告している。

『本部長。

なんと高島萌さんですよ。』

それを聞いた正田までが興奮し始めた。

『正やん。

高島萌くらいで興奮せんといて下さい。

慣れてもらわんと、ゆくゆく困ります。』

その会話を聞いていた萌のマネージャー木下が萌に耳打ち。』

萌が正田に近づいた。

『茨城県警察捜査1課の正田警部さんですね。

この度は、主人がお世話になっております。』

正田警部、ひっくり返るほど驚いている。

佐武が助け船になった。

『正田さん。

高島萌ちゃんは、勘太郎の奥さんなんですよ。

あなたは、勘太郎が認めた勘太郎一家の仲間です。

この先、何回も彼女に会うことになります。』

藤岡と定岡は、羨ましそうに正田を見た。

何回も高島萌に会えるというのは、彼等にしてみれば幸運以外の何者でもないのであろう。

ロケ班のADが、走って来て番組プロデューサーらしき男に何かを報告。

『マジか。

今からでは遅いのか。

柳生十兵衛の再来だと。

さっきの地震と雷が、その人の剣舞の気合いで起きただと。』

テレビプロデューサーとしては、聞き捨てならないことのようだ。

萌が佐武に近寄って。

『サブちゃん、家の人、剣舞やったの。』

『備前長船只克さんの大刀の奉納剣舞や。

そら見事な剣やったで。』

佐武は剣舞ではなく剣を誉めた。

当然、佐武も萌も勘太郎の剣舞は何回も見ている。

今さら剣舞を誉めても仕方ない。

萌は、残念で仕方がない。

『ウチ、もう何年も勘さんの剣舞見てへん。

サブちゃんとコバちゃんばっかりズルい。』

そんな話しをプロデューサーが聞き逃すはずもなく。

『萌ちゃん。

剣舞やった人の心当たりでもあるんですね。

そちらの方々は。』

萌が、コクッと頷いて。

『この人は、

主人の大親友で、京都府警察本部鑑識課課長佐武警部。

こちらが、主人が一番可愛がっている一番弟子、京都府警察本部捜査1課主任小林警部補。

こちらの方は、最近主人の側近に加わって下さった茨城県警察捜査1課の正田警部。

剣舞を披露したのは、私の主人、警察庁刑事企画課刑事局長真鍋勘太郎警視正です。』

プロデューサーの顔が。明らかに喜色満面になったので、木下マネージャーが。

『そのお考えは無理です。

萌ちゃんのご主人、マスコミ嫌いで有名なお人ですから。』

プロデューサーは、当然食い下がる。

『そこをなんとか。

一般の知る権利とか、興味とか。』

『それ言ったら、次から警察の発表の取材できなくなりますよ。

グループ企業全社。』

田舎のプロデューサーのこと、そこまで大きな権力を使える人を見たことがない。

もちろん、噂では聞いたことはある。

しかし、彼の知る限りでは、各都道府県の警察本部長が最も上位の警察官である。

岡山県警察本部本部長の藤岡が目の前にいて、ニコニコ微笑んでいるだけ。

『藤岡本部長。

刑事局長って、あなた方本部長より。』

『雲の上のお方ですよ。

我々、都道府県警察本部長は、所詮都道府県の警察のトップ。

刑事局長は、日本の警察官数万人のトップです。』

そこに、勘太郎がひょっこり顔を出して。

『サブちゃん、コバ、正やん、萌

ジーンズオーダーメイドできるらしいで。

しかも、今日の担当、BIG JOHNやて。

作ろうぜ。

アっ。

プロデューサーさん。

萌が世話になったさかいに、大サービスや。

神社の職員さんの誰か、家庭用のポータブルビデオ撮ってたで。』

プロデューサーとADは、深々と頭を下げて、大慌てで神社に向かう人数が走り出した。

佐武は、不思議そうな顔をしている。

『まぁ、珍しい。

マスコミ嫌いなお前が。』

『萌がかなり世話になったみたいやから。

それに、一般客が撮影したものを出しても文句言うほど小さない。

だいたい、あの距離で家庭用カメラで人物判別できる解像度あるかいな。』

勘太郎には、撮影されていることも、どの程度の映像かもわかっているようだ。

そんなこんな、わちゃわちゃの出張を終えて一路茨城県に向かう新幹線に。

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