第11話 天地鳴動

正田が小崎に、田口のことを話したところ。

『そんな、あり得ません。

田口さんに限ってそんなアホな。』

小崎にとって田口は優しくて頼りになる先輩。

しかし、鏡の奥で見ている小林には小崎への違和感が感じられない。

『田口でも小崎でもない、真犯人が隠れているということでしょうねぇ。』

小林が勘太郎に話しかけた時。正田警部が中座した。

しばらくしてから、鏡部屋に正田が入って、カツ丼準備頼んできました。という報告とどうするかの相談。

『なんだか、小崎が犯人と思えないんですよ。』

正田も小林と同じ意見を持ったようだ。

『こうなると、警視正に言われた赤外線監視カメラが正解やったかもしれませんね。』

勘太郎が、小林の様子を見て、正田警部に依頼した。

24時間監視体制。

田口の部屋と小林の部屋に生物が近づくと録画が始まる。

テレビの動物番組等でよく見かけるやつだ。

勘太郎は、小崎を帰らせて自分達は茨城県に戻るという答え。

だが、1晩だけ泊まろうと考えて、ホテルの予約を定岡に依頼した。

定岡は藤岡に相談して、倉敷のホテルを予約した、

せっかくだから、少しだけ観光のしやすい場所を選んで。

勘太郎と佐武の希望で、吉備津彦神社と総社市の鬼城山の鬼の城。

最後に、倉敷でジーンズを見るという行程。

少しは、有名な美観地区も観光できるだろう。

吉備津彦神社とは、大吉備津彦命を主蔡神とする。

大吉備津彦の命、すなわち桃太郎の神社。

総社市の鬼城山は、当然鬼ヶ島ということになる。

が、実際は、大和朝廷に命じられた西の護り。

倉敷のジーンズは、日本のジーンズ発祥の地として、有名な土産物になっている。

吉備津彦神社で勘太郎のことを見た宮司が。

『眞鍋様。

以前、大般若長光を拝見させていただきました。

板垣でございます。

その節は、大変ありがとうございました。』

大般若長光、以前眞鍋家が所有していた大刀である。

現在。国立博物館に寄贈して国宝に指定された鎌倉時代の名刀。

備前長船という名刀の代名詞になった刀鍛冶の始まり。

『大般若長光の真の持ち主様ですか。

かなりの剣の達人とお見受けさせていただきましたが。

一刺し、剣舞を拝見させていただくわけにはまいりませんか。』

声をかけてきたのは、いかにも刀鍛冶という出で立ちの男。

『これ長船殿。』

たしなめるように板垣宮司が口を挟む。

『眞鍋様。

当代の備前長船を継いでおります。代二十三代目備前長船只克殿でございます。』

長船只克、板垣の言葉は意にかいさず。

一振りの大刀を勘太郎に差し出した。

鞘、鍔共に見事な拵え。

『眞鍋様。

私が、精魂込めて鍛え上げました大刀。

達人様のお役に立てるような代物かどうか。

ご判定賜りとうございます。』

勘太郎、頷きながら両手で大刀を受け取り、少し鯉口を切って刀身を見て笑顔になった。

『これは凄い。

現代に、これほどの名工がおられるとは。

大吉備津彦命様に、一刺し奉納剣舞をさせていただきましょう。』

藤岡と定岡は、ハラハラしている。

もちろん、板垣宮司もハラハラ。

『サブちゃん。

コバ。

ちょっと時間くれ。

それから、サブちゃん。

久し振りに本気で行く。』

佐武があわてて、藤岡と定岡そして正田にサングラスを渡した。

板垣と長船にもサングラスをかけるように促すとどっしりとした腰掛けを人数分出すように板垣宮司に頼んだ。

立木のそばに一脚づつ。

『いいですか、皆さん。

勘太郎が舞名を告げたら、立木に捕まってください。

踏ん張ってないと吹き飛ばされますよ。』

大吉備津彦命本殿前に舞場ができ、数本の桧の刀用の木が立てられていた。

神社の神職神官も興味津々。

大吉備津彦命に名刀が奉納される時に超一流の剣豪による剣舞が奉納されてきたことも知ってはいる。

佐武が。神官達に向かって。

『ご神官皆様にお願いします。

ご存知の通り、剣豪の気合いで人が吹き飛ばされるということを。

眞鍋勘太郎は、そのレベルと考えてご用意ください。』

そういうと、自分も腰掛けて構えた。

板垣をはじめ、その場の全員が、信じられない想いでいっぱいになった。

なごやかな空気になりかけた、その時、勘太郎が本殿に向かってひれ伏した。

神職達はさすがに、頭を垂れて勘太郎と共に祈る。

すると、辺りの空気が一変。

本殿に向かって空気が流れはじめた。

そして、勘太郎が何やら唱えると。

本殿から。卯なり声のような音と光が発し。

それを合図に勘太郎が、人々の方に向き直った。

『拙者。

警察庁刑事企画課刑事局長。

眞鍋勘太郎と申します。

使いまする剣は柳生新影流。

第13代宗家を名乗らせていただく者にございます。

謡。

敦盛なつかまつる。』

そう言うと、皆に平伏した。

敦盛。

戦国時代の武将天下人の織田信長が好んだ謡曲。

勘太郎が立ち上がって本殿に向かうと構えに入って、右足をドンと踏み鳴らした。

途端、辺りが揺れて雷鳴が響き渡った。

『人間50年。

化典のうちを比ぶれば。

夢幻の如くなり。』

謡いながら、抜刀術にて1本目の絶ち木に振りかけた。

『一度生を受け。

滅せぬ者のあるべきか。』

残りの絶ち木にも斬りつけた。

一般には、1本も切れていないように見える。

しかし、勘太郎が舞を終えて大刀を鞘に戻し、静かに鯉口を締めると、絶ち木はスーっと滑り落ちた。

佐武と小林以外の人々は、震えている。

板垣宮司、備前長船只克以下の神官神職は、名刀を手にした剣豪の剣舞はとてつもないパワーがあると聞いたことくらいはあった。

しかし、まさか現代で目の当たりにできるとは思っていなかった。

それほどの剣豪がいるとは聞いたことがない。

『20年か30年前に、柳生十兵衛の生まれ変わりと言われた天才剣士がいたことをお忘れですか。』

板垣宮司と備前長船只克は、当然覚えていた。

藤岡と定岡と正田については、微妙な反応。

『ということは、眞鍋様が。』

板垣宮司は、まだ震えている。

隣では、長船只克が同じように震えている。


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