(ずっともっと仲良くね)

寝室の扉は叩かれる。三度目を待たず、彼は顔を覗かせた。快適な眠りのために結われた髪が闇に映える。控えめな声はワイスへ夜半の徘徊を咎めた。

ワイスは淑女らしく彼を廊下へと呼び寄せた。台を使わず話すため、五歩の距離を取る。急な切り出しは、あなた、わたしと結婚したのよね、と続く。

聖女は未来への展望を語る。家族。母親。きちんとした家庭。『そこへ至るための』夫婦生活。年若い聖女から飛び出した言葉の奔流に男はたじろぐ。

成長の途中だろうとの呟きへは、先の話よ、と返る。ワイスの頭では計画はすでに決定していて、明日から始めましょと言ったのも冗談ではなかった。


改まって次の朝。彼の無口を窘めるため、ワイスは台へと上がる。二人はしばし話し合い、親密のために焼菓子を割って分け、情報伝達の場と定めた。

ワイスは夕食前の短い間、親密な男女は焼菓子を割り、まず味の良いことを讃え、次につまんだ欠片を互いの口へ運ぶのだと説いて、そのようにした。

指先を粉だらけにしたワイスがあんまり嬉しそうに笑うので、彼は『最後の一枚』の譲渡を提案し、当然ワイスの怒りを買う。首は振られ叱責が飛ぶ。

分けるから意味があるの。受け取った菓子を砕き、ワイスは大きい方を差し出す。頭を垂れた彼が欠片を口で受けると一転、ワイスは真っ赤になった。


夕食。夜の挨拶。そうやってまた朝は来る。焼菓子の『半分こ』も五枚目だ。ワイスは不満げに、互いが両者へもっと興味を持つべきだ、と主張した。

ワイスは何を知っているのか訊ね、その日はすりあわせが始まった。理不尽とも言える質問へと瞬きの間もなく回答が飛ぶ。質問者をかえてもう一度。

答え合わせの度に声は重なる。まあ、と声が飛ぶ。なんだってわかるのではないかしら、と驚いた顔の聖女は笑う。言葉に、冷たい美貌は僅かに緩む。

長い時を共にした伴侶だろう、君と同じに。素っ気ない呟きに、紅潮した頬を小さな手が覆う。ワイスが小さく頷き、その日の会話はそれで終わった。

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