(聖女は彼を愛している)
三者はそれぞれに再会を寿いだ。彼はワイスの身元を引き受ける旨を知らせた。肯定が返り、そのようになった。
新居の屋敷は過分に広い。古風な調度一式と、沢山の服、あらゆる大きさと用途の台。飾られる花束は香しく、ワイスはその日『お嫁さん』になった。
新妻の役目をワイスはこなす。見送り。食事の用意とベッドメイク。花瓶の世話。花を嗅ぐ事。あらゆる正しい配置の中で、午後は一人の待ちぼうけ。
帰宅の出迎え。食べ、眠り、起きて送って、繰り返し。単調な日々。あるときワイスは彼の無口に気が付いた。話し、話せど、彼は相槌を打つばかり。
暖炉の前で、ある日彼から声がかかる。欲しいものは、と質問。なんだってある屋敷の中でワイスは『答え』を持ち得ない。故に訊ね返す。あなたは。
燃えさしが爆ぜ、炎が照らし、躊躇う口はゆっくり開く。君がいれば。君がいればなにも要らない。若葉色の目は瞬かれ、無欲なのねとワイスは笑う。
大人用の皿が鏡あわせに天板を満たす。好物の並ぶ食卓にも草臥れたような顔は変わらない。かき消えそうな微笑みはワイスの知るものと一致しない。
果物のパイを出す。飾りを多く乗せれば、彼は穏やかに訊ねてきた。なぜこんなに。食べてほしいから。きみの好物では。良い味なのよ。ならばなぜ。
あなたに沢山食べてほしいの、そしたらわたしじゃ意味ないわ。三段詰んだクッションの上でワイスが膨れる。彼は飾りに目をやり、ワイスへ詫びた。
愛しているもの、当然でしょう。笑うワイスは薄い胸を得意げに張った。伏せられた顔からありがとうと再度の礼。その日の会話はそれきりになった。
生ける花の束は枯れ、過ぎる日々は蜜月。家財は馴染み、ワイスはいつも通りを繰り返す。大きな変化もなく、ぶれては戻る反復の中に異物が混じる。
時間の遅れとは切っ掛けに過ぎない。帰りを告げる帽子の下の青ざめた顔。台に立って外套を受け取り、言葉で労ってみても、返る言葉は裏腹な嘘だ。
ワイスが助力を申し出たのも当然だ。彼は空腹を訴え、食事を望んだ。ワイスは喜んで給仕に回ったが、その晩切られた麦パンは半分以上が残された。
口は閉ざされ、会話は次へ持ち越される。灯る猜疑に日は巡れど、暮らしはただ続く。消えぬ異物は取り込まれ、それさえ繰り返しの一部に変わった。
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