第七話〈レガート山林〉勇者の決断
「私は"可能性"の勇者、エレナ・アクアハートよ!」
「威勢の良いのはいいことだね、でも――」
オーレンの手に魔方陣が浮き上がり、そこから、人が現れた。
「サド!!」
「他のヤツもいるぞ!」
オーレンはその人たちをこちらに放り投げる。
「おうあ!!みんな受け止めろおお!」
「おお!!」
どうやら、鮫にとらわれていた人は無事だったようだ。私は密かにほっとする。
「何の真似よ!」
「ん、だから、わからないのかい?これは戦争だ。勝手に始めてはならない、それが唯一の掟だろ?」
こちらの気持ちなど知らず、オーレンは生真面目にそんなことを告げる。
「勝手にってあなた、私たちをどうするつもりよ」
「どうするって、逃がすよ。今日はありがとうね、まさか君のような子が釣れると思ってなかったから、楽しめたよ」
なんだか満足したように、オーレンはニコニコと笑みを浮かべる。
「あ、そういや、人間ではこういうとき、挨拶をするんだっけ」
『またね』
その声が聞こえた時、周りの濃霧は嘘のように吹き飛び、日の光が辺りを照らした。
「・・・最初から最後まで遊ばれたわね。」
勝てないと悟ってから、絶望の極地で一歩踏みとどまっていたと言うのに、やはりヤツは軽く想像を超えてくる。
「終わったの、か?」
「ええ、遭難していた人たちを確認して、帰りましょう」
「「おおおおおお!!」」
男たちの中で、歓声が上がる。
「何よ」
驚くじゃない、と言いかけて振り向くと、キラキラとした視線があちこちから飛んでくる。
「ありがとうエレナ。ホントすげえよお前」
「勇者だったのかよ!教えてくれよ!」
「死ぬかと思ったぜ。本当に助かった!」
思いがけない反応の応酬に、私は困惑する。
「何を見てたのよ。私はただ――」
「それでも俺たちを守ってくれたのはお前だ、エレナ」
漁師たちは、次から次へと謝辞を述べた。私はその声を複雑な気持ちで聞いていたが、最後には受け入れてしまった。
そう、期待には応えなければならない。
私は帰り足を早めた。
〇
「と言うわけで、私に魔法を教えなさい」
俺は病院の近くの森に呼び出されていた。
「というわけでって言われても、てかここどこだよ?」
「看板見てないの?レガート山林よ。簡単に説明するなら、
雑だな、主に説明が。ただ、あまり凹んでいないようで良かった。
「その人気のない森で、魔法の特訓ってか?お前、本気か?」
俺の目の前に、綺麗に尖れた両刃剣が現れる。
「これが本気に見えない?」
「ああ、はいはい、でもお前魔法を学びたいなら、そのキレイな剣を捨てるところからだぜ」
すると、エレナの目が見開かれる。
「鉄を身に着けてると魔法が使えなくなるって、本当なの?」
「ああ、本当だよ。とりあえず鎧なし、剣は抜きで戦うところからだな」
そう言うと、エレナはあからさまに嫌そうな顔をした。それもそうだろう、武器を扱えるのに、敢えて素手で戦おうとする人間は少ない。
「まあ、良いでしょう。やるわ!やってやるわよ!」
エレナはヤケになっていた。それでも諦めないのは、船で、よほどのものを見たのか。
「で、なんで俺なんだ?アルゴスさんもいるのに。」
聞くと、エレナの顔は、一瞬で青ざめる。
「大魔道士様にそんなこと聞けるわけないじゃない。魔法は、彼と彼の弟子しか使うことを許されていないのよ。たとえ勇者でも——あ、」
エレナは早口で枕立てると、自分の失言に気づく。熱くなっているのに気づかなかったのだ。俺はニヤニヤと歯を並べて笑う。
「たとえ勇者でもなんだって?」
「いや、これは違うのよ。そう、たとえ勇者様でも許されないことだから、と言おうとしたのよ」
それらしい言い訳を話しても、エレナの目や仕草は嘘を話すのに相応しくない。この世界に来てから気づいたが、長男には笑顔と嘘だけは必須スキルだ。俺はもう人の嘘に点数をつけられるまでになっていた。
「30点。」
「へ?なにがよ、もう良いから魔法を教えなさいよ。あなたを外に出せる時間も、限られているのよ」
エレナの顔にはまだ恥じらいが微かに残っていたが、目は終始真剣だった。決心はそれほど強いのだろう。
「まあ、勇者だろうと医者見習いだろうと魔法の使い方は変わらない。まずは呪文を覚えるところからだ」
俺は手が覚えている通りに、地面に魔法文字を書いていく。
地面を棒がスルスルと走り抜けていき、数秒後、そこには"フロート"。小さいものを浮かばせる呪文が描かれていた。
「これ、なんて読むの?」
「フロート、俺の得意な魔法の一つだ」
と言うか、他の魔術は、まだ教わったばかりでうまく使えない。
「へえ、使ってみて!」
「勇者なんだろ?怖気ずまずは自分でやってみなさい」
俺が先生のように偉そうに言うと、エレナは不満そうな顔をする。
「そうは言っても危ないじゃない。どうするのよ。これでこの呪文が『爆発しろ』とかだったら」
「勇者が人族を信用しなくてどうする?」
「あなたはなんだか胡散臭いもの」
「失礼なヤツだ」
本当に失礼なヤツだ。そう思いながら、俺は頭の中で、フロートを唱える。
先ほど呪文を書いた枝木が浮き上がる。
「ふーん」
エレナはあまり興味の無さそうな細い目でそれを眺める。
「なんだ?不満か?」
「だってこれ、どうやって戦闘に使うのよ」
「いいか、この浮遊魔法、フロートはこの世界の"重さ"の概念に関わる魔法だ。これは自分がそのものの重さを知っていることが条件だが、効果は、『浮かすこと』だ」
「浮かすこと、ねえ。例えば、大砲の鉄球なんかを浮かせるわけ?」
エレナは、フロートに少し興味を持ったようだ。身を乗り出して俺の話を聞くようになった。
「それは無理だ。浮遊魔法も、あくまで魔法だからな。だが、この魔法の最も良いところは、自分自身が浮けるようになることだ」
「おお!それを練習すれば、私も浮けるようになる?」
「ああ、まあ、浮くのは簡単だ。自分の重さは自分が一番知っているだろ?」
「浮くのはってどう言うこと?」
この魔法には欠陥がある。それゆえあまり人気では無いのだが。
「・・・浮くのは簡単だが、浮きながら戦うのは死ぬほど難しい」
「はあ!?それじゃあ意味ないじゃない」
迷いもなく言ってくれるな。
ただこれは事実であるから、何も言い返せない。誰も使わないのも当たり前だ。ただただ浮くだけでは、的でしかないからな。
この魔法は、魔法使いの空中戦のために作られた魔法だが。はっきり言ってそれは無理だ。視点の高速移動は並行感覚を狂わせ、一瞬で酔ってしまう。
「まあ、聞け。俺がこの魔法を愛用するのには理由がある。一つは相手の虚をつけることだ。基本的に戦闘で敵がこれを使うことはない。風魔法で瞬間移動することはあるけどな。上に上がれると言うのは、戦闘でかなり有利に戦えると言うことだ」
「まあ、そうね。弓兵は中距離、長距離の撃ち合いなら、常に上から打つことを義務付けられるそうだし」
エレナは常識らしいことを言う。やはり、一般常識では無いようだ。俺の言っているのは、そのことでは無い。
「いや、虚をつくと言うのは、近距離戦のことだ。近距離戦では、相手の攻撃できる範囲は往々にして狭い。空中に逃げてしまえば、まず攻撃が当たることはない」
「それは、そうでしょうけど、剣も鎧も着れないのにどうやって戦うのよ」
エレナは相変わらず首を傾げたままだ。
「忘れたか?お前はもう剣士じゃない」
俺は手元の木の枝を振って見せる。
「魔法を使って攻撃するってこと?でもさっきあなた、浮きながら戦うのはとても難しいって言ったじゃない」
すかさずエレナは反論する。さすが、飲み込みが早い。
「それは移動しながら戦う場合だ。あと、これには秘策がある。」
「な、なによ」
俺がエレナに近づくと、彼女は驚いたように後ずさる。
「目を瞑れば問題ない」
そう言うと、エレナはそれを想像したのか、一瞬の間が空いて目を剥く。
「戦闘中に目を閉じろってこと?そんなの無理に決まってるじゃない。危ないでしょ」
「ああ、そうだ。飛んでる途中に集中が途切れて落っこちても受け身が取れないし、そもそも視界が見えないのに魔法を当てろってのは無理な話だ」
俺はエレナの意見を肯定する。実際それはまともな意見で、まともな人が多いから、この魔法は一般に知られていない。
「だがまともに戦っても勝てる相手じゃない。魔王軍ってのは、そのくらいの相手ってことだ」
「・・・わかったわよ。で、私が聞きたかったのはその飛んでる時に撃つ魔法のことなんだけど」
俺は自分の魔法を教えることに夢中になっていたことに気づいた。俺の言っていることは机上の理論で、俺自身使いこなせるわけじゃない。彼女なら上手く使いこなせるのじゃないかと言う期待が、勝手に口を動かしていたのだ。すぐに彼女の要望にも応えなければと思って口を開くが——。
「すまない。それは俺からは話せない。魔法の適正もあるらしいから、やっぱりアルゴスさんに教わるべきだ」
「そう、そうよね。私もあなたに頼りすぎたわ。」
彼女は下を向いて、手を握りしめる。
「俺も一緒に頼んでやる。アルゴスさんも今回は目を瞑ってくれるさ」
俺はエレナへ手を差し伸べる。その時、雲が晴れたのか、俺たちの間に木漏れ日が差してくる。
するとエレナは目を丸くして、こちらを見上げる。
「ありがとう。あなたが励ますのって何か新鮮ね」
「お前が勇者なら、俺が賢者だな」
ふざけて、そんなことを言ってみる。どんな手を取ったとしても、俺は彼女の心の灯火にならなければならない。アンは手の届く範囲にはいないからだ。勇者の重圧は、十数年かそこらを生きただけの魂には重すぎる。
「っ!あなたは、私の賢者になってくれるの?」
「ああ、なんでも俺に言えば良い。聞いてやる。なんでも俺に聞けば良い。必ず応えてやる」
すると、エレナの手が、おずおずとこちらに延びてくる。
「お前は何の為に戦う?誰の為に戦う?」
「それはっ!」
「こんなところで終わって良いのか?」
「嫌だ!」
エレナは力強く俺の手を取る。目は輝き、不安の色は見えない。
「私は、アン様のために戦う。認めてもらうために、こんなところで終われないわ」
読み通り、彼女は強い。これならもう大丈夫そうだ。
「よく言った。そんな勇気あるエレナくんには、俺から必殺技を教えよう」
「な、なによ偉そうに。そんな都合の良いものがあるなら先に言いなさいよ」
「いーや、全く都合のいい技じゃない。簡単じゃないが、これは——」
俺はエレナの耳元で、その技のことを話す。
彼女の顔が赤かったのは、おそらく夕日の光だろう。
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