第五話〈病院〉禁忌に見入られる者
「えー!?」
エレナは叫んだ。
「別にそんな大層な魔法じゃなくてもいいのよ?」
そんなこと言われても、俺はこれしか知らない。
「エレナはどういう魔法を知りたいんだ?」
「もっとこう、指を鳴らせば火が灯ったり、パッと光ったり、ね?」
なんだそりゃ。
「それぐらいなら、火薬を弾けばできるさ、簡単に」
「そうじゃなくて、魔法を使うことに意味があるの!」
エレナはご立腹のようだった。
「そもそも、何のために魔法が必要なんだ?」
「そんなこと、言わなくちゃわからないの?」
魔法は、なくても特に困ることなんてない。現にこの町は魔法なしでも栄えているようだし。
「興味があるからに決まってるでしょ。都会には行きたくないけど、ここに生きると退屈だってするのよ」
なるほど、理由はよく分かるが、こんな少女の興味本位で禁忌が犯されて良いものだろうか。些か俺の手には余る問題である。
「そうね、あなた、今迷っているんでしょう。確かにあなたの手には余る問いだもの」
「悩みの種はお前なんだが。」
少なくとも、病み上がりのやつに聞くことでは無い。もっとこう、オブラートに包み込んだ世間話からがいい。
「でも、私の敬愛する神アンなら、きっとこう言うでしょう。『己の信ずることを成し遂げるためには、それが達成されるまで善悪を考えるべきではない』」
「大丈夫か、その教え。何かことが起こってからでは遅いんじゃないか?」
と言うか、何か聞いたことがあるような名前がエレナの口から出たような。
「なに?神アン――アン・アイシクル・イヴの教えを知らないの?まあ、他の神に比べて信徒は少ないけれど――」
「エレナ、お前アンを知っているのか?」
アンは、俺の相棒であり、腐れ縁であり、契約者だ。伊達に三百年の付き合いがある訳ではなく、転生後にも連絡を取るという約束を取り付けられた。
「なんだ、やっぱり知ってるんじゃない。でも変ね、〈下〉に神殿録があるなんて聞いたことないわ」
「隠している可能性もあるんじゃないか?〈下〉はもともとほとんどが貴族の所有地や町だ。神殿があったっておかしくない。でも、重要な記録が〈下〉の神殿に残されてるなんて公表できないだろ?」
「確かに、そうね。そう言えば、私たち負けかけているのよね」
なんだ、そこまで知っているのか。しかし、上層部はそんな情報を住民にまで流しているのだろう。民の混乱を招くだけだと思うが。
「別段驚いている様子もないわね。やっぱり、〈下〉に住んでいる人にも火を見るより明らかなのかしら」
「まあ、そうだな。むしろ、俺はそんなことをあんたみたいな人が知ってることの方が意外だな」
エレナはため息をつく。俺の答えはあまり聞いていないようだった。それぐらい落ち込んでいた。
「私は特別な事情があるのよ。ほかの人たちはこのことは知らないわ」
絶対吹聴しないでね、と力なく言うと、エレナは途端に人が変わったように弱気になる。
「そっちも、随分と苦労してそうだな」
「苦労なんてものじゃないわよ。こっちはやりたくてやってるわけじゃないってのに」
愚痴を垂れる彼女を見て、俺は少し申し訳ない気持ちになった。なぜなら、この世界を文字通り変えてしまったのはアンで、それも俺とアンのために変えてしまったようなものだから。
エレナはそれから小一時間ほど愚痴ると、時々俺に相槌を求めた。俺が適当に返すと彼女は怒ったが、言い終わった時、俺に礼を言った。
「ありがとう。ここじゃ話し相手なんていないから。話すだけでも楽になるって、ホントなのね」
聞けば聞くほどに、俺は彼女が不憫だと思った。俺は彼女の言う特別な素性について、薄々気づき始めていた。
「まあ、今日私が話したことは忘れなさい。アンタのためにもね」
「ああ、それが良さそうだ。」
おそらくは、この街は魔王軍の第一襲撃場所の候補として苦労を強いられているのだろう。
魔王か、まったく興味なんてなかったけど、そういえばあの喋る鮫も魔王軍だったのかもしれないな。
「失礼する」
エレナとの入れ替わりで、フィリジアとアルゴスさんが入ってきた。
「身請人の方でしょうか?」
「はい」
「どうも、彼の体はもう十分治られています。ただ、念のためにあと一週間は入院していただきます。」
エレナは、笑顔を貼り付けて対応する。最初の俺への対応は何だったのかと問い詰めたくなるが、それだけ俺を信用したと云うことだろう。
「そうかそうか、ご苦労様ですね。お嬢さんも」
「お嬢さん?」
フィリジアがエレナに言うと、エレナは首を傾げる。それもそうだ、フィリジアは背丈も低いし、耳を隠していたらエルフだとも気づかれないだろう。
「ハハ、あんまり揶揄ってやるな、フィリジア。それより、お嬢さんや、名は何と言う?」
すると、エレナは少し悩むような仕草をすると、思いがけないことを口にした。
「ミリアと言います。どうぞお見知りおきを。それから、私からも質問よろしいでしょうか?」
「ミリアか、いいぞ。なんでも聞きたまえ」
「ありがとうございます。もしかして、あなた様は"大魔導師"アルゴス様でございますか?」
すると、アルゴスも目を見開く、確かに彼は変装しているし、何より超高度な隠蔽魔法を使っているから、俺も最初入ってきた時は誰かと思った。
「ああ、よく気づいたね。」
しかし、アルゴスは笑みを崩さない。むしろ、好奇なものを見る目になった。
「本当ですか?噂はかねがね聞いておりましたが、私はお会いするのは初めてで。あ、握手してくれませんか?」
「いいぞ、そうかそうか、初めてか」
言いながらアルゴスは左腕を差し出す。エレナは興奮気味にその手を握る。
「また、聞きたいことが私を訪ねるといい。当分はここにいるつもりだから。」
その声を聞いて、彼女は嬉しそうに頷いて、部屋を出ていく。
○
エレナが部屋を出ていくと、アルゴスは即座に部屋に防音魔法をかける。
「急にどうしたんですか、先生」
どうやら、わかっていなかったのはフィリジアだけだったようだ。
「アルゴスさん。彼女は」
「十中八九勇者だな。私の覚えが正しければ、だが。」
「え?ええ?あの子が?」
「隠蔽魔法を見破られた。儂の隠蔽魔法が効かないのは勇者くらいだ。勇者は隠蔽系の魔法に対する絶対耐性があるからな」
勇者か、俺も聖職系の重要職だとは思っていたが…最も面倒なことになってしまったようだ。
「それで、誰なんですか?」
「私の覚えが正しければだが、左利きで青髪、女性なことから、"可能性"の勇者、エレナ・アクアハートのはずだ。」
「可能性?どう言う意味なのですか?」
「それは私も分からんよ。神託のお告げだからな」
可能性、なにか特別な能力があるのだろうか。それとももっと別の?
いや、今はそんなことはいい。
「二人とも、協力してほしい。俺はあの子を助けたいのです」
「なに?あなた、ちょっと看病されたくらいで好きになっちゃったのかしら?」
「そうじゃないんです。何だか、可哀想だと思いまして」
すると、二人は顔を見合わせる。
「まあ、いいわよ。それで私たちはどうするのよ。私、戦争の経験なんて無いわよ」
「それなら問題ないです。防衛戦は、そこまで難しくないので」
俺が言うと、二人は困惑する。
「あ、それからアルゴスさん、いくつか魔法実践向けの魔法を教えてくれませんか、お恥ずかしながら、俺は浮遊魔法しか知らないので」
それを聞いて二人はますます目を見開く。その様子がなんだかおかしくて、俺は小さく噴き出してしまった。
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