第四話〈港町カパール〉青い髪の少女

「起きましたか?誰かさん」


 声がする方向を向くと、青い髪の少女が椅子に座ってこちらを眺めている。

 年は…俺と同じぐらいだろう。


「ここはどこなんだ?」

「ったく、まずはお礼を言いなさいよ。あんた、この町に治癒魔法を使える

お医者様が居なかったら、絶対に死んでたんだからね」

「…じゃあ、そのお医者様は?」

「ご生憎様ね、先生は忙しいのよ。一人の患者にいつまでも構っていられないわ」


 この娘も患者に対してかなり手酷い気がするが、助かったのなら感謝しておくべき、なのだろうか?


「あんたは、助手か?」

「私は研修生よ。だからあなたに何かしてあげることもできないわ」


 少女は少し悔しそうに言う。


「そんなことないだろ?さっき『ここはどこか』聞いたじゃねーか?」


 少女はあっけにとられたように固まった後、少し噴き出して言った。


「ああ、そうだったわね。ここは港町カパール唯一の病院、アクアハート中央院よ」


 少女は少し誇らしげに言う。

 ちゃんとカパールには着いたのか。あの怪物、何を考えているのだろうか。


「あんたの名前は?」

「エレナ。エレナ・アクアハートよ。」

「ここの院長の娘なのか」

「そうね」


 なるほど、だから誇らしげにしていたのか。


「で、あなたの名前は?さんざん問いただしたんだから答えてもらうわよ」


 俺の名前…か、本当なら神さまに呼ばれていた名前を名乗りたいが、思いだせない。それに、この体にはちゃんと名前がある。


「俺はネロだ。<下>の人間だから苗字はない。」

「ふーん、<下>の人なんだ」


 少し考えるようにエレナは人差し指を頬にあて、何か思いついたように目を光らせる。


「そうだ。先生が戻るまでいくつか質問していい?そっちもしていいから!」


 明るい人だ。神さまに似ているけど、俺の苦手な性格だな。


「ああ、別にいいんだけど、俺はその先生が来るまで出られないのか?」

「なーに、逃げる気?だめよ、あなたは、まだ一週間は入院が必要だから。それまでは、この病院から出て行ってはいけないの」


 勝手に出たら捜索令状がでるわね、とエレナは答える。


「ただ、私もそこまで鬼じゃないわ」


 身を乗り出してエレナは言う。何か案があるのだろうか。


「あなたが私の質問にいくつか答えて、そしてちょーっと仕事を頼まれてくれたら、ここから出してあげる」

「なるほど話が見えてきた。いいよそれしかないんだろ?」


 もしこの女の子が言ってることが本当なら、この話はありがたい。仕事ってのはリスキーだが、この子が助けてくれなきゃ、下手すりゃ何日も時間が無駄になる。


「で、早速何を聞きたいんだい?エレナさん」

「話が早いわね。助かるわ。じゃあ、最初の質問ね。そうね、じゃあ〈下〉はどんなところ?」

「下?そんなことでいいのか?」

「うん、住んでる種族とか文化とか、面白い伝説なんかもあったらさらにいいわね」


 まさかお人よしなのか?それならもっと楽な条件にしてくれた方が助かるのにな。


「あるにはあるな。俺の住んでた町だと、神様が祭られてるらしい」

「らしいってなによらしいって」

「え、いやあ、そりゃあ――」


 「俺の知ってる神はあんなところにはいない」と言おうとして思い出す。あの鮫はアンのことを探していた。迂闊に変なことを喋らない方がいいのかもしれない。


 エレナは俺の顔を見て首を傾げる。


「どうかしたの?早く言いなさいよ」

「いやなんでもない。あ、その神様ってのがなんでもおかしくて、人でもないのに魔法を使うって話なんだよ」

 

 変だよなあっと相槌を求めると、彼女は青い顔になる。


「それって治癒魔法以外の魔法ってこと?」

「え?ああ、まあ多分そうだろうな」


 答えると、エレナは即座に近づいてきて俺の口を手で押さえる。


「いい?その話は絶対ほかの場所でしちゃだめよ」

「…ん…だよ」


 俺、なんか変なこと言っただろうか。


「〈下〉では違うのかもしれないけど、こっちでは治癒魔法以外の魔法は禁忌にあたるの」


 それは少し知っている。上では全身鋼鉄で作った鎧を身に纏った騎士が居て、魔法使いはいい顔をされないと云う話は有名だ。


「それに、人族以外が、その禁忌魔法を使う。それは魔王とその手下だけだと言われているの」


 話がなんとなく読めてきた。つまり、その魔王軍を信仰しているその町は――


「そんなことを言ったら最後、公開処刑しかないわね」

「怖い怖い、わかったよ。教えてくれてありがとう」


 知らなきゃ俺は、確実にこの町で何の進展もなく死ぬところだった。


「あー、なんかもう興冷めね。聞いても危ない知識ばっかり知っちゃいそうだわ」

「申し訳ない」

「あ、そうだ、じゃああと一つだけ質問して、パッパと本題に入りましょう」

「はい(?)」

「その首についてるものはなに?誰かからもらったの?」


 言われて首を見ると、確かに何かついている。砂時計、だろうか?


「あれ?俺こんなものいつ――」

「変わった首飾りね、その砂時計揺れてもちゃんと落ち続けてるし」

「その先生が俺に着けてくれたんじゃないのか?その、動いていい時間になったらわかるように。」

「いいえ、それは先生のじゃないと思うわよ。第一たぶんそれ高級品でしょうし」


 確かに装飾品はついていないが、構造は複雑だ。量産できるものではないか。


「でも、そうだとすると、危ないわね。砂が落ち切ったとき、何が起きるか分かったものじゃないわ」


 その首飾りに興味津々なエレナが言う。


「お前は怖くないのか?」

「女の子に『お前』なんて言わないで。…もちろん怖いわよ。でも面白いじゃない。あなたはまだ何か隠してそうだけど、この町に住んでいると退屈なの」


 驚いた。かなり勘のいい。見た目に反して頭の切れる人だ。


「ま、とにかく聞きたいことは全部聞いたわ。全然わからなかったけどね!」

「それはすまん。まあ、これはまた今度、返させてもらうよ」


 仕方ないわね、とエレナは頷く。


「じゃあ、最後の要求ね、あなた、魔法は使える?」


 いきなり小さな声で耳元で言う。 


「使えるけど、さっきの話だとそれは――」

「ええ、禁忌よ。でも、〈下〉では出まわっているんでしょ」

「え、いやそうだが」

「つまり、私たち〈上〉の人間が知らされているほど、危険ではないのよね」


 ハッとした。これは頭が切れる、なんてものじゃない。


「なら、私に教えて、その魔法を。それが君の仕事よ」

「あんたは魔王を支持するのか」

「いきなり何を言い出すのよ。私はもちろん人間側よ。でもちょっと遊ぶくらいいいじゃない」


 少し子供っぽいイタズラ顔が見えて、子供っぽくて可愛らしいと思った。


「なに呆けてるのよ」

「あ、いや悪い。参った参った。大したことは教えられないけど、それで助けてくれるのなら、乗った」


 本当に俺は浮遊魔法しか知らないが、ある意味一番便利な魔法でもある。もし悪用されたらって、それは考えすぎか。


「まずは記号を覚えて、魔方陣をつくるところからだな――」


 俺は初めて、人生を楽しんでいるような気がした。

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