第4話


 コンビニのレジ前の、少し開けた場所に皆が集まる。

 全員、憔悴した顔をしている。まあ、当たり前だろう。すぐ近くに死体があるなんて状況で平静でいられるわけがない。

「何が起きているのか、説明できる人なんて……いませんよね、当然」

 ボソリと呟いた学生服を着た男性に対し、誰も何も答えない。互いの顔を目だけ動かして確認するだけだ。

 空気が重かった。そんな中、塩尻さんが明るい声を出した。

「そ、それより、まずは自己紹介をしませんか」

「何の意味があるんだよ」

 集まったうちの一人の少女が不満げな声を上げたが、塩尻さんは無視して続けた。意外にも気が強いらしい。

「えーっと、私は塩尻っていいます。見ての通り、コンビニ店員です。ここでずっと働いていて、もう一年半くらいになります」

「……?」

 彼女の言葉に違和感があった。が、ぼんやりとした霧がかかっているかのようにその原因が分からなかった。俺は何かを忘れているのかもしれない。

「……大丈夫ですか?」

 塩尻さんの言葉に我に返る。今は考えている場合ではない。

 誰も進んで話そうとしないので、俺は自ら名乗り出た。淡々とした紹介を終えると、学生服の男性と目が合った。彼は一瞬目を逸らしたが、観念したようにため息をつくと、口を開けた。

「……では、次は僕が。青柳です。今年で二十六歳になります」

 皆、何も言わずに顔を見合す。どうして制服なのか理由を聞いていいのだろうかという空気が、沈黙の中に漂っていた。

「この服はただの趣味です」

 青柳が躊躇なく告白すると、少しだけ空気が緩和した。が、彼の隣にいた少女の舌打ちで一瞬で元に戻った。

 彼女はずっと、不機嫌そうだ。死体を見て悲鳴を上げていたのを見ると、よほどショックだったのだろう。

 ……健常な人間からすれば、死体を見て動揺もしなくなった自分の方がおかしいのだろうなと気づき、少し気分が落ち込んだ。

「新宿」

 突然、少女の発した言葉に一同、困惑した顔をした。その反応に彼女は嘆息を返すと、もう一度、同じ言葉を繰り返した。それでようやく、彼女が自分の名前を名乗ったというのを理解した。

「珍しい苗字ですね」

「まあね」

 塩尻さんの感想に新宿は面倒くさそうに同意した。多分、いつも言われているのだろう。そして、これ以上は何も話す気はないようだった。

「……」

 最後の一人、挨拶をしていない男に全員の視線が集まる。だが、何も言うつもりはないのか、俯いたまま微動だにしない。髪も顔を隠すほどに長く、表情は窺い知れない。

「あの〜……」

 遠慮がちに塩尻さんが声をかけるも、反応なし。緩和された空気が再び、重たいものへと戻る。

 そのとき突然、コンビニのBGMがかかった。妙に明るい音楽なのが、この異様な状況にあっていなくて不気味に感じた。

「どうして、あの店員は殺されていたんですかね」

 青柳がボソッと呟き、空気が張り詰める。死んでいた、とは言わず、殺されたと言ったのがイヤらしい。

「その店員の名前は真下君です」

 塩尻さんの訂正を青柳は聞こえなかったかのように話を続けた。

「そもそも、快楽殺人鬼からすれば最高の状況でしょうね、これは。誰も逃げられない空間なんだから。殺し放題ですよ」

「この中にそんなのがいるとでも言いたげだな」

 少し非難するような口調になったかもしれない。俺の指摘に青柳は小さく肩を竦めた。

「ただの冗談です。とにかく、今は出る方法を探しましょうよ」

 その言葉が合図となり、各々手がかりを探しはじめた。

 そもそも、警察でもない、探偵でもない者が犯人を見つけるなんて土台無理な話だ。よくミステリー小説で一般人が犯人を見つけようとする描写があるが、普通は不可能だろう。それならば、よっぽど出る方法を模索する方が建設的だろう。殺された真下という店員には申し訳ないが……。

「あの、すみません」

 トイレ前を探索していた俺に塩尻さんが話しかけてきた。

「どうかしました?」

「見てもらいたいものが……」

 途中で彼女は言葉を止めた。青柳がこちらを見ているのに気づいたからだろう。

「バックヤードに。そこなら、話しやすいです」

 塩尻さんの提案に俺は頷く。奥に入るまでの間ずっと視線を感じたが、気づいていないフリをし続けた。

 バックヤードに入ると、奥の棚の陰にビニール袋をかけられた死体がある。正直、近づきたくはない。だが、塩尻さんは躊躇せずに向かった。

「死体に何か?」

「見てもらえたら分かります」

 俺の問いに塩尻さんは淡々と答えると、ビニール袋を取り払った。思わず目を逸らす。が、すぐに塩尻さんの注意される。

「ちゃんと見てください」

 渋々従うも、何もおかしいところはない。ただの死体だ。実は生きている、なんて事もない。

「べつに変わったところなんて……」

 そう言いながら振り返ろうとすると突然、後頭部に衝撃が走った。殴られた。そう分かった時にはもう、身体は動かなかった。

 最後に見えたのは、こちらに何かを振り上げる塩尻さんの姿だった。


 * * *




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼らはコンビニから出られない シーズーの肉球 @ishiatama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ