第八話

第八話





「勝者! ユタカ選手!!」


 わあああああ!!


 二回戦、三回戦と飛ぶ鳥をバッキュンバッキュン撃ち落とす勢いの快進撃を続けるユタカ君。つっよい。リアル姉持ち強い。


「イマジナリーお姉ちゃんの顕現化も出来ないままじゃ勝ち進めないって思ってたけど、なんとかなるもんだね」


 試合が終わり、観客席で他選手の試合を眺めて呟いてっと、ハルキングがやって来た。

 売店で買ったのかクレープ食べてるでやんの。いいなー、美味しそーだなー。


「たまたま相手が雑魚続きだっただけだ。調子に乗ってんじゃねー。……と言いてー所だが、テメーはオレ様との試合で変則的にでも超姉主義を成し遂げた。それによってアネリストとしての"格"が上がってんだ。更にもう一つ、別の選手達が試合で超姉主義を繰り出す事によって、オレ様達は姉世界の一部となる。これはイマジナリーお姉ちゃんという概念を全身で理解していると同意だ。

リアル姉持ちであるユタカの足りねー部分が補完されまくりだな。そんな訳で、ただの姉自慢でもリアル姉持ちの今のユタカが放てば必殺級の威力になってんだよ」


「なるほど。試合が進むたびに意識が革新されていくのを感じてたんだけど、それが理由だったのか。うん、うん。確かに僕は今まで姉といえばミチル姉さんという固定観念に縛られていた気がするよ。本当は、イマジナリーお姉ちゃんってのは、もっと自由でいいんだね!」


 何にでもすぐ影響受けちゃうユタカ君に対して、超姉主義という最悪の全自動洗脳装置が最高に機能しててチョベリバです。


「ふっ、そこまで真理に近づけてんなら、あるいはこの大会中に覚醒するかもだな」


 こっちを見てニヤリと笑うハルキング。こっち見んなや。

 それがすぐに真剣な表情で「だが……」とシリアスオーラを醸し出してきたんですけど、お生憎様その手に持ってる苺クレープが雰囲気ぶち壊しちゃってるねぇ。


「だが、次の試合相手は簡単にはいかねーぞ。奴の名はタカミチ。5年前の大会覇者で、"姉殺し(アネキラー)"の異名を持つ死神だ。そして、去年の大会でこのオレ様が敗北を喫した相手だ……!」


「姉道への理解が深まった今なら分かる。ハルキは天才と言って差し支えない才能(アネセンス)を持ったアネリストだ。それを打ち負かすなんて……」


「へっ、優勝目指すなら避けては通れねー相手だろうし、今年はリベンジ兼ねてブッ倒してやるつもりだったがよー。

こうして闘わなくて済んだ今、どっかホッとしちまってる自分が居んだ……。チッ、我ながら情け無ぇ! とにかく、奴には気をつけろ」


「わざわざそれを伝えに来てくれるなんて、やっぱりハルキは良いやつだね!」


「ばーっか。カエデお姉ちゃんが注意しとけってうるせーから来ただけだっつーのばーかばーか!」


 そう言ってハルキングはクレープもぐもぐしながらどっか行っちゃいました。

 そのクレープどこの売店で売ってたか教えて欲しかったょ。











「それでは準決勝戦! ユタカvsタカミチ、ファイッッ!!」


 準決勝!? え、これ準決勝なの!?


 ヤバいね決勝見えてきたじゃん。優勝したら何でも願いが叶うんでしょ? いやー、最初はこんな変態だらけの大会帰ろうよって言ってたけどね。ここまで来たらもう優勝目指さなきゃ嘘でしょ! がんばれ! ユタカ君超がんばれ!


「よろしく姉がいします」とユタカ君が一礼。咲き乱れるアネモネの花も、流石に四度目とくれば慣れたもんです。


「よろしくオネイがいします」対戦相手の一礼、するとドームの中というに突然の突風でアネモネの花は散らされ消え、かわりに会場に咲き誇るのは真っ赤に埋め尽くした彼岸花!


「彼岸花の花言葉を知ってるかね? 『メガネ風紀委員』だ。古来より親しまれ愛されてきた属性である」


 そのメガネを指でクイッとしながら語るタカミチ選手さん。着慣れたビジネススーツ姿のいでたちで、いままでの対戦相手と比べて年齢が高い。パッと見がふつーの40くらいのオッサンリーマンだから、彼のことはタカミチマンと呼ぶことにしましょう。


「ユタカ氏のアネモネと双璧に並ぶ属性だ。アネモネを持つアネリストと闘えることは、小生にとって名誉であり幸運であろう。先の初戦、まったく感動という言葉でしか言い表せない。あのハルキを打ち負かすほどとは。

 去年の大会、小生は彼のイマジナリーお姉ちゃんが弱点である心臓を貫き、勝利をもぎ取った。イマジナリー体に二度と顕現できぬほどのダメージを与えたつもりであったが、それを一年で更に姉度を高めて顕現させるとは、つくづく神童というものだな。そして、その神童を上回ったのがユタカ氏、君である」


「ほめてくれるのは嬉しいんだけど、ごめん。アンタ、カエデお姉ちゃんの心臓をワザと狙ったっていうのか?」


 ピリッ……と、ユタカ君の纏う空気が変わる。これは、怒り?

 カエデお姉ちゃんを害された事に不快感を隠そうとしない。昨日までの平穏なユタカ君からは考えられないような感情の発露だね。

 これは会場の空気に流されてんのか、それとも、もしかするとこの大会を通じてユタカ君が年相応の人間として成長しているのか……?



「肯定しよう。姉バトルはお姉ちゃんの尊さを競う大会なれど、当然強さも競う対象となるのだ。勝利以上の強者の証明などあるまい? なれば弱点を突き技術を駆使して勝利をもぎ取るのもまた、姉バトルの醍醐味であるのだよ。例えば、小生の姉上は高校で風紀委員長をしている。不正を許さぬ純潔な魂を持ち、規律に反した者は厳しく制裁を下す。悲しいことだが、その姿勢を忌み嫌う者も少なくない。そんな姉上だが、家に帰るとなぜか小生にだけ甘い」


 ペキョテ!!

 ユタカ君の小指があり得ない方向に折れ曲がる! 幻姉痛!?

「がああああああああああ!!?!?」


「なるほどなるほどやはりそうか。一般のアネリストはユタカ氏のリアリティある姉自慢がクリティカルになってしまうが、ユタカ氏もまた、我々の甘々お姉ちゃんエピソードがクリティカルになるのだな。

 ふふふ、折れた指はイマジナリーブレイクだ。幻想だ。そうだ。もう一度よく見てみたまえ。実際に折れていないであろう? リアル姉持ちだけあって幻姉痛からの回復が早いな。重畳である。小生がまだ君くらいの歳に風邪で寝込んだ事があったのだが、信心深い祖母は小生の横で念仏を唱え回復するよう祈ってくれた。念仏なんてものは覚えてない姉上は、何を思ったか代わりに生徒手帳の校則を真剣に朗読しだしたりして、ああ、姉上を心配させないように早く風邪を治さなくてはなと思ったものだ」


 ブシャアアアアー!!

 ユタカ君の額から鮮血!! ああああっ、もう! お前どう見てもオッサンなのに姉がJKってどういう計算してんのさってツッコミたいのに幻姉痛のビジュアルが心臓に悪すぎてそれどころじゃないっつーの!


「連続姉自慢(ダブルアタック)だとー!?」「なんて高等技術! まさか実戦でお目にかかれるとは!」「それだけじゃねー! 準決と決勝用に再調整されたリングじゃなけりゃ一発でアネモライト放出されてもおかしくねー威力だ!」「そレに耐エるユタカもマタ"豪"ノあねりすとトイウコとダ……グギ……アギュァアアアア!!」「いいぞもっとくれ!!」「挨拶で生まれた彼岸花もいまだに咲き狂ったまま。野郎、本気だな」


 相変わらずな観客どもは無視でいいとして、ユタカ君どう? 出血止まった? あっ止まってるよかったぁぁぁ〜〜……


「はぁ……はぁ……。タカミチ、アンタが強さを追い求めるアネリストだってことはわかったよ。でも、でも僕は! イマジナリーお姉ちゃんは素晴らしいものだって! 傷つけあうためにあるんじゃ決してないんだって証明したい!!」


「ならばどうする? 簡単なことだ。小生を力でねじ伏せればいいのだよ。ふん、パラドクスではないか。出来るものなら是非とも証明していただきたいね」


「僕は負けない!! うおおおー! ミチル姉さんはミカンが好きなんだけど、自分で皮剥くのが面倒だから、僕がミカン食べてると「ちょっとちょーだい」とか言って半分くらい奪ってく!!」


「ほう、きたかリアル姉自慢」


「そのくせ人が剥いたミカン食っときながら「もっと白いスジ取っときなさいよ」て文句言う!!」


「即座にダブルアタック返しとは、末恐ろしい才能(アネセンス)であるな」


「まだまだァー! それで、それで、僕もムキになって白いスジ頑張って取ったの渡したら「アンタの体温がミカンに移ってて気持ち悪い」とか言われるんだ!!」


「トリプル!! トリプルアタック!! はははは! 流石だユタカ氏! 小生が見込んだアネリストなだけある!」


「無傷……だと……?!」


 三回戦までじっくりコトコトことごとく相手をぶっ飛ばして血の海に沈めてきたユタカ君の姉自慢が効かないなんて!? タカミチマン、大会覇者の過去は伊達じゃない!


「残念ながら姉自慢は効かんよ。なぜなら小生は、姉に絶望しているからだ」


「なん……だと……?!」




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