第六話
ピー ポー ピー ポー
鳴り響く救急車の音。
あの後、三人でお菓子をツンツンつっつきながら話はポヨンポヨン弾み、気づけば日がズンズン沈んでもう大分経ってしまってました。
こんな遅くに帰らせるのもアレだなぁというカエデさんが「あらあら、よければ今晩泊まってはどうです?」という提案をして、ユタカ君も家に連絡を入れます。「朝から泊まりの予定立てるなんて、よっぽど仲のいい友達と遊んでんのねえ」と電話越しにケラケラ笑って了承してくれたユタカママさん。
……朝??
超姉主義(シュールアネリズム)での空間が夜なだけで、現実は朝のままなのかなーって思ったけどやっぱおかしいよね? アネモネドーム来て開会式やってトーナメント発表されて第一回戦の最中が今。体感時間で昼はとっくに回ってる気がしてたのに。
「今日のこの場所はアネリスト姉萌えどもが全国から集まってやがる。それによって姉重力場が増大し、時空に歪みをもたらしてんだ。つまり外界と時間の流れが違う」
優しいハルきゅんがコソっと教えてくれました。へーなるほど。あ、納得しちゃった……。
もはやその程度の情報で動じなくなっちゃったのは悲しいことだと思うんですよぉ……。
「さーってと、ユタカくんが泊まってくれるのだもの。晩御飯がんばるぞー」
「あんま無理すんなよ。簡単な料理ならオレでも作れるからさ」
「いいの! わたしが作りたいの!」
そう言ってカエデさんはらんらんと台所に向かいます。エプロン姿のカエデさんちょーかわE!
今度はハルきゅんと二人きり居間に残されたユタカ君。ちょっち照れながらカエデさんのことを話します。
「なんていうか、素敵な人だね」
「ああ、オレ様の自慢のお姉ちゃんだ。なんていうか、ありがとなユタカ。あんな楽しそうなカエデお姉ちゃん見たの久しぶりだ。
これは姉バトルとか抜きで、お前とカエデお姉ちゃんを会わせて良かったって本気で思ってる」
「そういやイマジナリーお姉ちゃん選手権の真っ只中なんて忘れてたよ。それで、その、この空間はいつまで続くんだい?」
おやおやぁユタカ君。もっとハルきゅんとカエデお姉ちゃんと一緒に居たいって顔に書いてありますぞ〜? ういやつよのぉ〜?
「基本的にはアネモライトのアネルギー倍加放出が止むか、対戦者が相手のイマジナリーお姉ちゃんの可愛さに完全に屈して自身のイマジナリーお姉ちゃん像を保てなくなるまでだ。
平均としては3時間くらいだがどーだろな。超姉主義は超姉主義とのぶつかり合い、世界と世界の削り合い、姉で姉で洗う姉バトルが前提なんだが……。テメーは自分のイマジナリーお姉ちゃんを未だ有してねーし、テメーの膨大なアネルギーがアネモライト倍増されてるときてる。これは多分明日の朝まで続くぜ? こんなに長くスーパーイマジナリーお姉ちゃんと居られる事なんかそうそうねーんだ。それも含めてユタカには感謝だな」
「こちらこそ。カエデさんと会わせてくれてありがとう。この大会のルールだって教えてくれた。失格しそうなのを助けてくれた。君は本当に僕の友達だ」
「へっ! 友達だからって容赦しねーぞ! この戦いは絶対オレ様が勝つ!!」
粋がって言う割にはすーんごい嬉しそうなハルきゅん。ウリウリういやつよのぉ〜〜!
「オレ様はよ。このイマジナリーお姉ちゃん大会で優勝して、カエデお姉ちゃんの心臓を治してもらうんだ。そのためにこの大会に出場したんだ」
「そんなことできるの?」
「ああ。この大会の優勝賞品は知ってるか? "なんでもひとつだけ願い事が叶う"んだ。おっと、正確には"リアル姉が欲しい"以外のあらゆる願い、だな。この大会のスポンサー、世界に名だたる姉萌え大企業達が雁首揃えて躍起になって優勝者の夢を叶える。過去には大金を手にした奴、宇宙という概念をこの世に追加した奴、自分の国を手に入れた奴、現世と魔界を繋ぐ界境トンネルを開けようとした奴なんてのもいたな」
んー、スケールぶっ飛んでんね〜〜。
「じゃあ、もし僕が優勝したとしたら、その時もやっぱりカエデさんの健康を願うかな」
「はっ、テメーみてーなトーシロが優勝できるほど甘い大会じゃねーぞ。でもよ、その気持ちは……マジで嬉しい」
ガタンッッ!
大きな物音に、嫌な予感がした。
「カエデお姉ちゃん!?」悲鳴にも似た叫びで走るハルキくん。慌てて追いかけた台所で、カエデさんは苦しそうに胸を押さえて倒れていた……。
運び込まれた病院で、集中治療室の扉を見続けるハルキ君にかける言葉が見つからない。ユタカ君もずっと不安そうだ。
「ねえ、カエデさん、大丈夫だよね……?」
「……あたりめーだ。大丈夫。大丈夫に決まってんだ畜生っ!」
とてもじゃないけど大丈夫に見えない。
なんで、なんで、イマジナリーお姉ちゃんなら思ったとおりに実現できるんじゃないの? ねえ……?
「そ、そうだ! イマジナリーお姉ちゃんなんだからさ! カエデさんの病弱設定なんか無くしちゃえばいいんだよ!!
そしたら……!!」
「それが出来ればとっくの昔にやってんだよ!!」
「──!!
だったら、だったらなんでカエデさんを病弱にしたんだ!? 何で普通に生活して普通に学校にいける、そんな普通のお姉ちゃんにしなかったんだ!!? なあオイ! 答えろハルキ!!」
「うるせえんだよ!! 何もかもが思い通りにいくことなんてねーだろが!! それが現実だろうと妄想だろうと同じなんだ!! クソ!! そうだよ! 悪いのはオレなんだ……! クソ……!」
「ハルキ……」
「病院ではもう少しお静かにお願いします。気持ちは痛いくらいわかりますが……」
いつの間にかそこにいた医師が、本当に心苦しそうに注意を促す。
「なあ先生! カエデお姉ちゃんは!? お姉ちゃんは助かるよな?!」
「……残念ながら、非常に危険な状態です。このままでは保って明日の朝まででしょう。覚悟をしておいて下さい」
「なんで! アンタ医者だろ! 何でも治せる名医なんだろ! 心臓移植が必要ならオレの心臓なんかいくらでも差し出すから! だからっ!!」
「たしかに私はイマジナリー名医です。お姉さんと適合する心臓があれば今すぐにでも手術は可能でしょう。しかし何度も言うようにハルキさん。イマジナリー体である我々と、基底現実体である貴方達とは内臓の創り自体が異なっているのです。適合する可能性は、万に一つもあり得ません……」
「知ってるよクソ……クソ……」
医師の白衣の襟首を掴んでいたハルキ君の手が離れ、そのまま床にうずくまる。静かになった病院の廊下に、彼の小さく嗚咽する声だけがいやに響いていた。
諦めるしかない。そんな悲壮に誰もが打ちのめされつつあるこの場で、ただ一人諦めてない者がいた。そう、ユタカ君だ!!
「僕は諦めない! ねえ先生、適合する心臓があれば手術は出来るんですよね!?」
「あ、ああ」
「だったら、適合する心臓を創造(つく)ればいい! うおおおおおおおああああ!!!!!」
「ユタカ!?」
自身の心臓がある位置の胸を右手で掴み、叫ぶユタカ君。
カエデさんの声、匂い、顔、仏壇に供えられてたいいとこのお菓子の味、握手した時に感じた脈拍を想い描く。
「もっと……もっとだ! 僕にディテールをくれっっ!!」
「ああ、ああ!! 受け取れユタカぁ!!」
ハルキがユタカ君の左手を握る。ハルキのアネルギーがカエデさんのイメージを伴いユタカ君に流れ、否、それだけではない! ユタカ君の足元に渦が……これは、アネモライトの渦!! 世界が、ユタカ君を応援しているのか!?
一歩間違えば爆発しかねない莫大なアネルギーの流れを体内で循環させる! それこそがアネクルと呼ばれる正体! 循環、加速、循環、加速、循環加速、加速!加速加速加速!!!!
体内で光の速さをも超越したアネルギーがユタカ君の胸に集まる! 収束! 光の結晶!! 顕現!!
「がああああああああああ!!!!」
右手を掲げるユタカ君! 瞬間、閃光! まばゆい閃光!!!
ドクンッ ドクンッッ!
光がおさまり目に映ったのは、心臓を掲げたユタカ君だった──!
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