第一話
『さぁぁーて今年も始まりましたァー! 日本中の姉好き姉推し姉萌え野郎共が集まる年に一度の祭典! 生死を賭けた非実在姉バトル!
その名も! "全日本イマジナリーお姉ちゃん選手権" ここに開ッッ催だァァアアアアーーー!!』
わああああああ!!
超満員のドーム会場に沸き起こる歓声、それら全てがうねりとなって壇上の選手たちに降り注ぎます。百戦錬磨な選手たちなのでしょう。誰もがその熱狂を心地良く受け止めています。ある者は自信ありげに、ある者は心底楽しそうに、ある者は仮面してっから表情わっかんない。
しかし中には一人、どうにも不安そうな面持ちの少年がいました。ユタカ君です。
「イマジナリーお姉ちゃん大会ってなんぞ……?」
どうやら状況を一切理解してないご様子。完全に場違いオーラだだ漏れモリモリで、並居る選手たちの中で明らかにプッカプカ浮まくりまくってます。
しかしそれは無理からぬ話。いいでしょう。物事には順序というのがありますし、どうしてこんな状況になっちまったのか事の始まりをご説明いたしましょう。
それは三日前の夜のことです。
ユタカ君はマジクソ不貞腐れながらコンビニまで歩いていました。自分が使っている安物とは違う姉のシャンプー。どんなもんかと気になってコッソリ使ってみたところ、風呂上がりに匂いで即バレ〜。「罰としてコンビニでプリン買ってきて。今!」とのお達しを下されたからです。
「そんな事で怒らないでよ。プリン食べたいだけなら自分で買いに行きゃいいじゃん姉さん」そう思ったところで口に出せる訳なんてないないNightなユタカ君は、しぶしぶとプリン買いに家を出たのでした。
今年で中学二年になったユタカ君なので、世間一般では反抗期の絶頂期のはずでしょうに、いかんせん姉に逆らえないのが弟の性というものです。というか、姉に対してじゃなくてもユタカ君が何かに対して反骨精神をムキムキに剥き出したりしてんのとか見たことねーし、人当たりの良さは中々のもんですよ。おまけに流されやすいし、影響されやすいし、つまり巻き込まれ型主人公である素質は満たしてたって訳ですね。ええ。
公園の前を通りかかった時、「やあ、こんばんは」と話しかけられました。「あっはい、こんばんは」と律儀にユタカ君。
「こんな夜中に子供が一人で出歩くなんて危ないぜ? それとも一人じゃないとか?」
辺りは暗いし相手はフードを被ってるしで顔はよく分かりませんでしたが、声の感じから彼は男で年上っぽい。男は夜の公園に一人でブランコに座ってるときたもんだ。
こわいし気味悪いしこの時点で走って逃げたって誰も非難しないでしょうに。というか走って逃げようよ。見るからに怪しいよソイツ。ね?
「子供じゃないです。僕もう中学生ですし」
かぁぁぁーーっ!! 出ちゃったねぇー! ユタカ君の人の良いトコ出ちゃったねぇー!
コミュニケーション試みちゃったねぇー!
あああー、向こうこっちに歩いてきちゃったよー! やばいよやばいよー!
「ははは、それは失礼したね。でも夜中の一人歩きが危ないのは大人も子供も変わらないよ」
「コンビニ行ったらすぐ帰るからいいでしょ。そっちだって一人じゃん」
「俺はいいんだよ。一人じゃないからね」
「?」
「わからないか? わからないか……。なるほどな。まあつまり、今は俺と君で二人ってことさ」
「詭弁だなぁ」
あーーー、コミュニケーション成立しちゃってるぅぅ……。
「おおかたお姉ちゃんと喧嘩でもして、プリンでも買いに行く途中なんだろう?」
「すごい! なんでわかったの!?」
ちょっと待て。そこは驚くんじゃなくて気味悪がるとこだぞ。そういうとこだぞユタカ君。
「君からはただならぬアネルギーを感じるからね。顕現化はまだのようだが兆候があっても不思議じゃあない。夜中に弟にプリンを買いに行かせるのは定番中の定番設定さ。誰もが通る道だ。いや、むしろその歳で姉プリンの発想に至った君のポテンシャルに感嘆の意を禁じ得ない」
「アネルギー? 顕現化? よくわかんないけど、設定とかじゃなくて本当に姉さんに買いに行かされてるんですってば」
「うん? どういうことだ? 何か食い違っているな。ちょっと整理しようか。君は脳内お姉さんに言われてプリンを買いに夜のコンビニに向かっている。……ここまではいいな?」
「どうやったらそこまで履き違えられるんです? 脳内じゃなくて現実に存在する血の繋がった実の姉さんに言われてコンビニに行くところです」
「ははは、強がらなくていい。大丈夫、俺は君の味方だ。脳内お姉ちゃんだってアネクルを鍛え続ければいつしかイマジナリーお姉ちゃんとして顕現できる。だからまず認めるんだ。君に姉はいないと! 現実と虚構の線引きを弁えるのも一流のアネリストとしての条件だよ」
「ああもう! そんなに疑うなら写真みます? ちょっと待って下さい今写メ見せますんで!」
「は?」
は?
オイオイオイ待て待て待てユタカ君! 見ず知らずの不審者に姉の写メ見せる気なのか!? 正気か!? 最近スマホ買ってもらったからって活用したくて仕方ねーんか?!
あー! あーあーあー、見せちゃったよ。
「なん……だと……!!?」
ミチルさん(ユタカ君のお姉さんの名前)の写真を見て狼狽する不審者さん。母親譲りの目元は姉弟揃って似てるとこあるので、説得力はバッチリバチバチでしょうよ。
膝をついてうずくまり、「ありえない……、これほどまでのアネクルを持つ者にまさかリアル姉が存在しているなんて……」とブツブツ言ってる男を見て、「あっ、この人もしかしてヤバい人なんかな?」なんて心で思ってるユタカ君。おっせぇーよ! 出会って5秒で即あやしさ大爆発だったろコイツ!
「ははは、はは、、あーっはははははは!!!!」
とつぜんガバァっと立ち上がるや、夜の公園に笑い声を響かせる男。うっわこっわ。
「うっわこっわ」
やだユタカ君とハモっちゃった(うれしい)
。
笑い止んだのか男はこちらを向き、ひとつお願いがあるんだと前置きして「腕をだしてくれないか」と言った。やめときゃいいのに言われるまま右手を前に出すユタカ君。
その手首にリストバンドが付けられました。
「このリストバンドは?」
「三日後、朝の九時までに隣町のアネモネドームに行って受付にそのリストバンドを見せたまえ。そこに行けば全てがわかるよ。君の姉道に祝福を」
男はそう言って夜の闇へと消えていきました。
取り残されたユタカ君、怪しい男からもらった怪しい手首のリストバンドを見てなんだか嬉しそうにしちょる……。やだやだ男子って手首になんか巻くのほんと好きだよねー。
作者も高校の時に百均で買ったベルト短く切って手首に巻いてたのを女子に見られて大爆笑された過去があるらしいわ!(実話黒歴史)
「帰りが遅い!」
帰宅するなりミチルさんの三日月蹴りがユタカ君のみぞおちに深々と突き刺さった。これは苦しそうだぁ〜ッ!
「ぐぽぉ!? が、はっ、姉さんいきなり不意打ちは、ひどい……」
「うるさい! 稽古サボってるからこんな蹴りも躱せないのよ。なんでこんな遅くなってんの。どうせジャンプでも立ち読みしてたんでしょ!」
ちなみにユタカ君の家は久米原流古武術という、明治維新直前の時期に確立したほんっとギッリギリ古武術と名乗れるだけのルーツを持った由緒正しい古武術道場やっていたんだけど、不況の煽りを受けて三年前に道場を畳みました。今では父さんサラリーマンで母さんはパートで働いているのです。世知辛いのじゃー。
ただ姉弟とも古武術を親から習っていたので、今でもたまに二人で稽古してたりするのですが、姉のミチルさんが天賦の才でもあるんかメチャ強でして(多分道場主だったお父さんより強い)、稽古と言っても「ねえユタカ稽古しよう! お前サンドバッグな!」状態なのですです。かわいそう。
それからミチルさんをなだめて二人でプリン食ってさて寝るかーってなった時に初めてユタカ君は気付きました。
リストバンドが外せない事に!
えっ? えっ? ナンデ!? リストバンドナンデ!?
力づくでもハサミで切ろうとしても石鹸泡立てて滑らそうとしても燃やそうとしても(危険!)傷一つ付きゃしねー。呪われてんの? おまけによく見りゃリストバンドにはデカデカと『姉道』の文字が刻まれててちょっと待って最高にダサいわ! 長袖着てて良かったね。これさっきミチルさんに見られたら人生終わってたねー。学校で女子に見られないようにしなきゃだねー。大爆笑されちゃうからねー。
とかく、この呪われたリストバンドを外すためには、三日後そこに行けば全てがわかると言われたアネモネドームに向かうしかありません。いやー、ぶっちゃけ胡散臭いからスルーして欲しかったんだけど、完全に退路を塞がれた感がありますね。
こうしてユタカ君は登り始めたのです。この果てしなく続く姉道を……。
そして現在。
無事周りに手首を隠して三日間生き延びたユタカ君。満を辞してアネモネドームに向かい、受付にリストバンドを見せたらあれよあれよと会場に案内されて気がつきゃ開会式に選手として立ち会ってます。なう。
「ここに来れば全てがわかるってあの人言ってたけど……」
『さぁぁーて今年も始まりましたァー! 日本中の姉好き姉推し姉萌え野郎共が集まる年に一度の祭典! 生死を賭けた非実在姉バトル!
その名も! "全日本イマジナリーお姉ちゃん選手権" ここに開ッッ催だァァアアアアーーー!!』
「全てがわからない……!」
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