第125話 セルヴォー大聖堂の客人たち

 テット王国内にあるセルヴォー大聖堂の司教アヴァールは、モーター神の像の前で、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 総本山が聖騎士を寄越してくれたからだ。


「あっはっは! やったぞ! 聖騎士殿が来て、あの忌ま忌ましい魔法を解いてくださった! 毎日のドリアン臭とおさらばだ! これも日頃の清らかな行いの成果! モーター神様は常に正しきものの味方なのだ!」


 突然大聖堂に現れた聖騎士は今、部下に案内され客室へ向かっている。

 しばらく滞在するというので、比較的豪奢な部屋を用意してやった。

 顔を合わすなり、ドリアン臭の魔法を解除してくれた礼だ。


(しかし、聖騎士殿は変わり者だったな。ドリアン臭の魔法を見て喜んでいらした)


 聖人や聖騎士には独特な性格のものも多いという。

 なにしろ、他人を使って実験したがるような連中だ。

 アヴァールは気にしないことに決めた。


(さて、聖騎士殿も落ち着いた頃だろうか。改めて挨拶と、メルキュール家についての相談をしに行こう。くくく、増長したメルキュール家め、余裕の態度でいられるのも今のうちだ。モーター教の聖騎士の恐ろしさを思い知るがいい)


 勇み足のアヴァールは聖騎士のために用意した部屋を訪れると、慇懃な態度で声をかける。


「聖騎士殿、アヴァールでございます。お部屋は気に入っていただけましたかな?」


 芸術的な彫り物のされた、木の扉を開いて顔を出した聖騎士は、特に表情を変えずに告げた。


「うん」


 本心が読めず、とっつきにくい相手だ。

 アヴァールは気を取り直し、さっそく彼に本題について話をする。


「既にお聞き及びかとは思いますが、私が総本山から聖騎士殿に来ていただいたのには理由があるのです」

「ドリアン臭は消しましたので、メルキュール家とやらについてですね」

「はい! あの極悪貴族どもは魔力持ちであることを鼻にかけ、私や国王陛下を脅す不届き者の集団なのです! 中でも伯爵夫人の本性は極悪につきる!」

「へえ……」


 聖騎士が顔を上げ、まじまじとアヴァールを見つめる。


「極悪ですかぁ」

「は、はい! 浅緑色の髪の恐ろしい魔女ですよ、あれは」

「緑……」

「今どき見ない、おかしな色です! 伝説の魔法使いアウローラを模したつもりなのかもしれませんが。そもそも私は人々のアウローラ信仰にも疑問を持っているのですよ! 偉大だかなんだ知りませんが、どうして魔力持ちをああも褒め称えるのか」

「そうですか」


 瞬きしつつ話を聞いていた聖騎士が、不意ににこりと微笑む。


「あなたの処遇については後日、再審査をするとしましょう」

「再審査?」


 魔力持ちどもをけなしたことで評価でもされたのだろうか。

 アヴァールは今後の処遇が楽しみになった。


「では、司教殿。お話にあったメルキュール家へ伺いたいと思いますので、使者を送ってください」

「あんな奴らのいる場所に、使者を送るなど不要ですよ。いきなり乗り込んでやればよいのです。総本山の体裁もあるのでしょうが」

「体裁……はい、そういうことです」


 聖騎士は笑みを深めた。内心を読ませない、だが反論を許さないという意思を感じる。


「むむむ、それでは」


 アヴァールがそう言いかけたとき、彼のすぐ傍に新たな人物が魔法で転移してきた。


(うおっ、びっくりした!)


 驚いてのけぞるアヴァール。

 敬うべき聖人や聖騎士であっても、突然の転移魔法は心臓に悪い。


 その人物はアヴァールに一礼すると、聖騎士の方を向き、どこか怯えたような、そして困ったような顔になった。


(よく見ると、着ている服が……枢機卿の)


 彼はアヴァールを気にかけず、聖騎士に対して苦言を呈し始める。


「教皇様。私にあなたを止める権限はありませんが、それならせめてご一緒させてください。心配なんです」


 アヴァールは耳を疑った。


「へ……? 教皇!?」


 すると、聖騎士の笑顔が一瞬にして無表情に変わる。


「あーあ。オオゴトにしたくなかったのに。リュムル枢機卿、あなたのせいでバレてしまったではないですか」


 アヴァールは聖騎士から何か恐ろしい気配を感じ、存在感を潜めた。

 しかし、枢機卿は口を閉ざさない。


「大事になるのが嫌でしたら、勝手に転移は止めてください。心臓に悪すぎます」

「私に命令する気?」

「命令ではありません。お、お願いしているんです。急にどうしたんですか、今までこのようなことはなかったのに」


 震えながらも、枢機卿のリュムルは聖騎士……いや彼曰く教皇に訴える。

 教皇は無表情のままリュムルを見る。


「気が変わったんです。この国の、メルキュール伯爵夫人に会ってみたい」

「他国の伯爵夫人……? 教皇との接点、ないですよね?」

「あのドリアンの報告書は本物でしたよ。で、興味が湧きました」


 二人が会話を進める間に、アヴァールは頭の中で教皇に取り入る算段を立てる。

 彼に恩を売りつつ、自分に有利な状況を作り上げるのだ。

 出世、出世、金、金、金!!

 

「そ、そうでありましたか! き、教皇様! それでしたら、このアヴァールにお任せを! 教皇様にわざわざ伯爵家まで足を運ばせるなど言語道断! 向こうを呼び出してやりましょう! なに教皇様が絡めば、向こうとて断ることなどできません!」


 教皇とリュムルはチラリとアヴァールを見る。


「せっかく教皇様がテット王国にいらしたのです。王城にて、教皇様の歓迎会を行うのです!」


 リュムル枢機卿が怪訝な顔になったので、アヴァールは慌ててたたみかけた。


「王城には様々な貴族が訪れますが、彼らは教皇様のお姿を知りません。知りたいと願っているはず。あなたの偉大さをその場で知らしめましょう。もちろん、無礼なメルキュール家の者たちにも」


 教皇は興味なさげにそっぽを向く。


「舞台を整えてくれるってこと? メルキュール伯爵夫人に会えるのなら、なんでもいいです。ただ、あまり私を待たせないでくださいね」


 枢機卿は不満そうだが、アヴァールにこの計画を中止するつもりはなかった。


「取り急ぎ、準備いたします!!」

「五百年も待ったんだから、多少の時差なら我慢できますけど……」

「……? と、とにかく、急ぎますので!!」


 その日、アヴァールはテット王国全土に向けて、教皇の来訪と彼を歓迎するための宴について告知した。

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