第119話 その頃の隣国では

 レーヴル王国はこの日も、からっとした晴天だった。

 どこまでも続く乾いた街を歩きながら、モーター教の総本山から来た青年は憂鬱な気分で空を見上げる。


「……いない」


 衝動のまま、クール大聖堂から転移してきたものの、青年はまだ目的の人物を見つけられずにいた。


(先生、どこにいるんですか。やっぱり私は出来損ないの魔法使いなのでしょうか。せめて、大規模な魔法の気配でもあれば、あなたを探せるのに。……あっ、そういえば聖人を見つけなきゃいけないんでした)


 私情だけで動いていたため枢機卿の依頼をすっかり失念していた。


(自分で探してくると宣言しておきながら、それを忘れるなんて。どうして私はこう、要領が悪いのでしょう。やはり、先生がいてくれないと、私はお使い一つできないんだ)


 がっくりと肩を落とす青年は、再びレーヴル王国内で探知魔法を使う。


(このくらいの距離であれば気配を探れるはず。聖人たちがレーヴルにいてくれたらの話ですが)


 しばらくすると、王城の方向から、微かに聖人の魔力の気配がした。

 今にも消え入りそうな微量の魔力だ。


(おそらく、何者かによって封じられていますね。今の時代で、モーター教以外に魔力封じができる存在がいるなんて……)


 偶然だが、青年は今王城のすぐ近くに立っている。

 高鳴る胸の鼓動を感じた彼の頬は、膨らみ続ける期待から紅潮していた。

 聖人と接触すれば、探し求めていた相手の痕跡が見つかるかもしれない。


(先生、先生、先生、先生先生先生先生先生先生先生……見つけたら、聞きたいことがいっぱいあるんだ)


 王城へと続く、長い坂道を見上げると、同じような露店がずらりと並んでいる。

 それを見た青年は、大きく目を見開いた。


「なっ、こ、これはっ……!」


 そこには完璧なクオリティーを伴った、たくさんのアウローラグッズが所狭しと並べられていた。


「誰がこのような、素晴らしいものを!? こんなことなら、もっと早くレーヴル王国に来ればよかった」


 かつてモーター教によって、大勢の魔法使いたちが排斥された時代。当然のように、実在する魔法使いの悪評が各地で広められた。

 数々の功績を残したアウローラの噂もまた、モーター教徒により、ばらまかれようとしていた。

 けれど、青年はそれを許さなかった。

 アウローラを貶めようとした者たちを、権力と魔法により片っ端から断罪していった。

 そして新たに、彼女を『伝説の魔女』という敬うべき存在として、世界各地に噂を広めた。

 だから現在、アウローラだけが唯一、尊敬に足る魔法使いとして各地で崇められている。


(グッズもその効果でしょうか。しかし、五百年後の時代にしては精度が高すぎるような……? この絵なんて、まるで本人のような輝きです)


 探し人に会える期待と同時に、嫌な予感も首をもたげ始める。


(もしや、先生の他に、あの人たちも転生しているのでは? だとすると、こうしてはいられない!)


 青年は一通りの商品を買い占め、大雑把に座標を決めると、慌てて城へ転移した。

 気配を消す魔法を自分にかけたあと堂々と城の中へ入り込み、周囲の景色を確認しながら目的の場所へと進んでいく。


「ふぅん、ここが現在の王城かぁ。今どきの城って、こんなに派手なんですねえ。原色だらけでけばけばしいったら……。んんっ、この派手さ……見覚えがあるような?」


 青年の頭に、とある人物の顔が思い浮かぶ。


「まさか、ですよね?」


 心を落ち着けながら歩を進め、青年は聖人の気配を辿った。

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