第117話 伯爵夫人とドリアン
「言いたいことがそれだけなら失礼する」
きびすを返そうとしたシャールを国王が引き留める。
「ま、待て。時間に余裕ができたなら、もう少し仕事量を増やしてもいいだろう。現在、魔法使いを必要とする業務は増加の一途を辿っておる。国外からも魔法使いを派遣してほしいという要請が来ているのだ」
片眉を上げ、シャールが国王の様子を窺う。
「余裕ができたわけではない。効率化を図って、仕事に費やす異常な時間を正常に戻しただけだ。代々、メルキュール家の当主や魔法使いたちが短命なのは知っているだろう。我々は日々命を削って、通常ではありえない量の業務を負担してきた」
謁見室にピリピリと張り詰めた空気が流れる。
小さく息を吸った私は、黙ってことの成り行きを見守った。
このまま国王が引いてくれればよし。
シャールに命を削れと言ってくるなら、相応の報復をした上で安全な労働環境を勝ち取ってみせる。
それが難しいなら、テット王国から出て行けばいい。
魔法使いがいなくなって困るのは国王たちだ。
「仕事量が減ったわけではないだろう? むしろ質は向上しているはず」
「しかし、少しくらいなら構わんではないか」
「断る」
にべもなくシャールが返事すると、国王の眉間に皺が寄った。
すると、奥から新たな人物が現れる。
いかにも聖職者らしい服装から察するに、モーター教の関係者のようだ。妙に身につける装飾品が多くてキンキラしている。
「そなた、王命に逆らうというのか」
「死ねというのが王命なら、つっぱねさせてもらうが?」
「不敬な! そなたは貴族であろう?」
つまり、この聖職者はシャールに命を削って働けと言っている。
ぎゅっと両手を握った私は、顔を上げて聖職者を睨み付けた。
「シャール。もしテット王国の貴族でいられなくなったら、皆で他国に移住しましょう」
「……ラム?」
「こんな風に言われてまで、彼らのためにしてやることなんてないわ」
伯爵夫人が口を出したのが気に入らなかったのか、聖職者が今度は私に噛みついてくる。
「何もわからない平民出身の奥方は黙っていてもらおうか。今、私はメルキュール伯爵と大事な話をしておる最中なのだ」
「そんなあなたは、私たちの何を知っているというのかしら? シャールたちは本当に限界のギリギリまで身を削って、魔法使いとして働き続けていたのよ? あなたたちの無理な押しつけに不満の一つも言わずにね」
事実を告げたが、聖職者は私の言葉を軽く流す。
「当たり前だ。こっちは魔力持ち共に仕事を施してやっておるのだぞ! そうでなければお前らなど、この国で生きていけないだろう。わかったら、ありがたく働け! 多少の依頼の増減で文句をたれるな!」
「そういうのは、施しとは言わないわ。搾取って言うのよ? 立場を笠に着て、弱い者いじめをしているだけじゃない」
魔力持ちになら、どんな無茶な命令を下しても許されると、彼は本気で思っているのだ。
そうするしか、魔力持ちがここで生きていく術がないから。
残酷な依頼だって平気でするし、魔法使いたちを使い捨てるのもいとわない。
それに合わせて、メルキュール家の方針は厳しくなり、学舎で戦闘が得意でない子は訓練によって振り落とされ、生き残った子も過酷な業務ですり減っていく。
「なるほどね……全ての原因は、モーター教なのよね。あなた自身がどこまで関与しているかはわからないけど、少なくともメルキュール家を苦しめているわ。シャールやメルキュール家の皆を傷つけることは私が許さない」
聞けば聞くほど腹の立つ話だ。
シャールたちは替えの効く便利な道具ではない。
けれど、この目の前の聖職者は彼らを簡単に消費しようとする。
聖職者は私を睨みながら尚も言葉を続けた。
「はあ? 何を言っているのかわからんが、不敬な女だな。平民出身の伯爵夫人ごときに何ができる。お前なんぞ、モーター教の権威をもって今すぐ処分してやる」
「やれるもんならやってみなさいよ。この場で返り討ちにしてあげるわ」
いつになく好戦的な私の態度に、シャールがぎょっとした様子を見せる。
「ラム、煽りすぎだ」
「私は怒ってるの」
事態を当たり前のように受け止めている、おかしな状況に慣れたシャールの姿が悔しい。
「食らいなさい、改良版悪臭魔法、シャイニングドリアン!」
「ドリアン!?」
戸惑いの表情を浮かべたシャールが、すかさず私の方を向いて声を上げる。
「そうよ。前回の悪臭魔法は不評だったから、私なりに考えてみたの。臭いは強いけど、ドリアンの香りなら大丈夫」
「何を根拠に……? ドリアンはかなり臭うが……」
「おいしいから大丈夫!」
「俺は苦手だ……」
「あらそう? でももう魔法をかけちゃったわ」
「…………」
魔法で体を光り輝かせる国王と聖職者。
今日から彼らはドリアンの香りに包まれて暮らすことになる。
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